『月曜からドラキュラ』
「月曜から始まるデスマーチはキツイぜ」
松井、つまり私は溜息をつきながら会社を出た。午後十一時。いきなりの残業命令に文句を言いたかったが、新人の私には拒否権などなかった。
隣を歩く村上も同じような顔をしていた。彼も同期入社で、似たような運命を辿っている。渋谷のオフィス街から少し外れた道を二人で黙々と歩いていく。
「お前、吸血鬼って信じる?」
唐突に村上が聞いてきた。
「は?何言ってんだよ。疲れて頭おかしくなったか?」
私は笑いながら返したが、村上の顔は真剣だった。
「いや、マジで。あそこに立ってる奴、さっきから動かないんだよ」
村上が指差す先には確かに一人の男が立っていた。黒いマントをまとい、顔色は異様に白い。日本人離れした高身長で、年齢は判別不能。西洋人のようでもあり、どこか時代錯誤な雰囲気を醸し出していた。
「ただの外国人観光客だろ」
私はそう言ったものの、胸の内では不安が膨らんでいた。その男は私たちをじっと見つめていたからだ。
男は優雅に歩み寄ってきた。
「こんばんは、若い諸君」
流暢な日本語だが、どこか古めかしい。まるで大正時代の文豪が話しているような口調だ。
「あの、何か?」
村上が恐る恐る声をかけた。
男はにやりと笑った。その瞬間、鋭い犬歯が見えた。
「私はドラキュラと申す者だ。実に百年ぶりに東京に戻ってきたのだが、この街はすっかり変わってしまったな。昔はこのあたりも田んぼだったがのう...」
私と村上は顔を見合わせた。
「いやいや、コスプレですか?映画の撮影?それとも何かのドッキリ?」
私は冷静に推理しようとした。平日の深夜に吸血鬼が出るわけがない。
「ふぉふぉふぉ、若者よ。これは撮影でもドッキリでもない。私は本物の吸血鬼だ。そして今夜は...退屈している」
ドラキュラを自称する男はさらに二歩近づいた。
「ゲームをしようではないか。鬼ごっこだ。諸君が朝日が昇るまで私から逃げ切れれば勝ちとしよう。負ければ...ふぉふぉふぉ」
「断るに決まってるだろ!村上、逃げるぞ!」
私は村上の腕を引っ張り、全力で走り始めた。信号も確認せず道を渡り、近くのコンビニに飛び込んだ。
「はぁ...はぁ...あいつ、マジでヤバくね?」
村上は息を切らしながら言った。
「冷静に考えろ。吸血鬼の弱点って何だ?」
私は慌てながらも頭を回転させた。
「ニンニク!十字架!聖水!」
村上が叫ぶ。
「でもそんなもの持ってないじゃん!」
私たちはコンビニの棚を見回した。
「とりあえずこれ買おう」
村上はニンニクの入ったカップラーメンを手に取った。
「それどう使うんだよ!」
「食べて体からニンニク臭させれば近寄れないんじゃね?」
荒唐無稽な作戦だが、他に案がなかった。
コンビニを出ると、驚いたことにドラキュラはもう目の前に立っていた。
「逃げ足が速いな、若者たち。しかし私も百年の間に進化している。今や私はGoogleマップも使いこなせるのだ」
彼はスマートフォンを取り出して見せた。
「マジかよ...」
私は唖然とした。
その時、ふと閃いた。吸血鬼の弱点、それは日光だ。朝日が昇るまで逃げ切れれば勝てる。しかし、あと6時間もある。そんなに長く逃げ切れるわけがない。
でも、吸血鬼には日光以外にも弱点があるはずだ。
「そうだ!テレビ取材だ!」
私は突然思いついた。
「何言ってんだよ?」
村上は混乱した顔で私を見た。
「吸血鬼ってカメラに映らないんだろ?でもテレビに出演しちゃえば、みんなに『あいつ映ってない』ってバレちゃうじゃん!」
「なるほど!でも今から取材クルーをどうやって...」
その時、幸運なことに、近くで深夜の街頭インタビューを行っているテレビクルーが目に入った。
「あそこだ!」
私たちは全力で駆け出した。
「おい、待て!」
ドラキュラも追いかけてくる。
「すみません!助けてください!」
テレビクルーに近づいた私たちは、必死に状況を説明した。
「吸血鬼?冗談はよしてくださいよ」
ディレクターらしき人物は眉をひそめた。
「本当なんです!ほら、あそこに...」
振り返ると、ドラキュラは少し離れた場所で立ち止まっていた。カメラを警戒しているようだ。
「あの人です!撮影してください!」
半ば強引に、私たちはカメラをドラキュラに向けさせた。
「こんばんは、深夜の街頭インタビューです。少しお話を...」
レポーターがドラキュラに近づいていく。
ドラキュラは明らかに動揺していた。
「いや、私はカメラは...」
「何か隠されてるんですか?」
レポーターが迫る。モニターを確認すると、そこにはドラキュラの姿はなく、浮かんだマントだけが映っていた。
「あ、あの...機材の調子が...」
カメラマンが混乱する。
「映ってない!やっぱり本物だ!」
私は村上と抱き合って喜んだ。
「くっ...まさかこのような手を...」
ドラキュラは悔しそうに歯ぎしりをした。
「今夜のスクープです!実在した吸血鬼ドラキュラ!」
レポーターは状況を把握すると、すぐさま生中継の特別企画へと切り替えた。
翌日、私たちの会社では「吸血鬼に追いかけられた社員」として私と村上が社内の話題になっていた。
「松井君、村上君、昨夜はお疲れ様」
部長が声をかけてきた。
「残業明けに大変だったね。でも視聴率は取れたようだ。実はあれ、うちの新商品プロモーションの一環でね...」
「え?」
「ドラキュラ役の外国人俳優、良かっただろう?サプライズ演出は成功だったよ」
部長は満足そうに言った。
「...」
私と村上は言葉を失った。
その夜、帰宅途中に見かけた黒いマントの男が、私たちに向かってウインクをした瞬間、二人同時に気絶しそうになった。
「お疲れ、君たち。また月曜に会おう」
男は鋭い犬歯を見せて微笑んだ。
「マジかよ...月曜からドラキュラかよ...」
私たちは力なく呟いた。週明けが今から恐ろしかった。
プロンプト
「『月曜からドラキュラ』。「月曜から始まるデスマーチはキツイぜ」。いきなりの残業に癖癖しながら帰宅する途中だった。場所は東京、夜中に吸血鬼と遭遇した松井こと私と同僚の村上。吸血鬼は私たちに対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そうテレビ取材だ。私たちは取材をしているクルーを必死に見つける。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」