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『バタフライ・ヴァンパイア』

 

 月明かりだけが照らす深夜の海岸。波の音が静寂を破る中、俺は黙々と腕を回していた。全日本選手権まであと一ヶ月。他の選手が寝静まった後も、俺、高橋誠一は練習を続けていた。


「今日も最高のコンディションだ」


 水面を叩く音だけが響く。誰もいない海での夜間練習は危険極まりない。サメの出現、急な潮の流れ、疲労による溺れ...。だが、それこそが俺を興奮させた。死と隣り合わせの練習。それが俺の強さの秘密だった。


「あと50往復」


 バタフライを極めるため、俺は孤独な修行を続けていた。日本代表として世界の舞台に立つには、他の選手が経験したことのない極限が必要だった。


 水中から顔を上げた瞬間、月明かりに照らされた異様な光景が目に飛び込んできた。


「...なんだあれは?」


 遠くに白い飛沫が見える。誰かが泳いでいる?いや、あの速さは人間じゃない。サメか?俺は一瞬身構えたが、その動きはどこか人間的だった。


 飛沫が近づいてくる。その速さは尋常ではなかった。まるで水面を飛ぶように―


「バタフライ...?」


 俺の専門種目であるバタフライで泳いでいる。しかし、その速さは世界記録をも凌駕している。さらに奇妙なことに、その姿は月明かりに照らされても影が薄い。


「あれはサメ...いや、吸血鬼だ!」


 伝説でしか聞いたことのない存在。しかし、その動きは確かに吸血鬼のそれだった。水面に反射する不自然な白さ、不気味な速さ、そして何より―時折見える鋭い牙。


「くそっ!」


 俺は即座に逃げ出した。陸に向かって全力で泳ぐ。しかし、いくら日本代表とはいえ、あの速さには敵わない。じきに追いつかれる。


 吸血鬼の弱点は何だ?俺の頭に知識が駆け巡る。日光...十字架...ニンニク...そんなものは今持ち合わせていない。日光を待つなら朝まで逃げ切る必要がある。無理だ。


「あそこしかない!」


 遠くに海の家が見えた。夏は終わり、シーズンオフで無人の海の家。しかし、あそこなら―


「必ず守られている...!」


 俺は全力で海の家に向かって泳いだ。吸血鬼の気配が迫る。もう背後まで来ている。俺の血を求める低いうなり声が聞こえる。


「間に合え...!」


 海の家の裏口に滑り込み、扉を閉める間もなく俺は目的のものを探した。そこにあった!


 吸血鬼が扉を開け、月明かりを背に黒い影が入ってくる。顔は青白く、目は赤く光っている。しかし、その全身から水が滴り落ち、黒いウェットスーツのような衣装を纏っていた。


「血...新鮮な血を...」


 吸血鬼がゆっくりと近づいてくる。俺は震える手で見つけたものを掲げた。


「こ、これだ!」


 ―塩。


 海の家に必ずある塩の袋。伝承によれば、吸血鬼は塩や米粒を見ると、それを数えずにはいられない強迫観念があるという。


 吸血鬼は足を止め、目を見開いた。


「そ、それは...」


 俺は躊躇なく塩を床にまき散らした。


「数えろ!これが吸血鬼の弱点だろ!」


 吸血鬼は膝をついた。「い、いち...に...さん...」と数え始める。その顔は苦悶に満ちていた。


 時間を稼いだ。朝まであと数時間。俺はさらに塩をまき続けた。


 しかし―


「ば、馬鹿な...」


 吸血鬼が笑い出した。


「現代の吸血鬼が、そんな古い伝承に縛られると思ったか?」


 俺は絶望した。しかし、その時、吸血鬼の姿に違和感を覚えた。


「お前...その泳ぎ方...」


 吸血鬼は立ち上がり、誇らしげに胸を張った。


「私はカウント・バタフライ。元ルーマニア水泳代表だ。500年前に吸血鬼に変えられてから、水泳の技術を極めてきた。特にバタフライはな!」


「バ、バタフライを...?」


「そうだ!人間離れした肺活量と筋力で、人間では不可能な完璧なバタフライを実現した。だが、もう200年も練習相手がいない。お前のような才能ある泳ぎ手を見つけたのは幸運だった」


 俺は呆然とした。


「練習...相手?」


「血は吸わん。ただ、世界水泳に向けた練習に付き合ってほしい。お前のバタフライには欠点がある。右腕の角度が2.5度ずれている」


「え...?」


「私は500年の経験から、完璧なバタフライを知っている。お前に教えよう。代わりに、夜間の練習相手になれ」


 朝日が差し込み始めた。カウント・バタフライは影に隠れた。


「また明日の夜、来るがいい。本当の『死と隣り合わせ』の練習を教えてやる」


 翌日から俺の特訓は一変した。世界最強のバタフライを知る不死の存在との練習。怖いもの知らずだった俺は、初めて背筋に冷たいものを感じた。


 しかし、この出会いが俺を変えるとも知らずに―


 一ヶ月後、全日本選手権。


「高橋選手、驚異的な記録で優勝!まるで水面を飛んでいるようなバタフライでした!」


 インタビューを受ける俺の背後、観客席の暗がりに、薄く微笑む白い顔があった。


 ---


 それから一年後、世界水泳選手権。


「信じられない!日本の高橋誠一選手、バタフライ世界新記録樹立!」


「高橋選手、あの独特なバタフライの技術はどこで学んだのですか?」


 俺は微笑んで答えた。


「死と隣り合わせの修行の賜物です」


 誰も知らない。俺のコーチが月明かりの下でのみ姿を現す存在だとは。


 そして誰も気づかない。世界中のプールで、時々夜中に二人の影が水面を飛ぶように泳ぐ姿を。


 バタフライ・ヴァンパイアと、その弟子の物語は、まだ始まったばかりだった。

プロンプト

「『バタフライ・ヴァンパイア』。場所は夜の海岸。俺は水泳日本代表。夜に生命の危機と隣り合わせの練習している。(死と隣り合う…痺れるぜ)。そのとき、ものすごいスピードで水飛沫を上げる存在が月明りに照らされた。「あれはサメ…いや吸血鬼だ!」。夜中にバタフライで泳ぐ吸血鬼と遭遇した私。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そう海の家だ。俺は全力で泳ぐ。このプロットを元にシリアススポーツコメディ短編小説を書きましょう。」

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