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『オーディションに吸血鬼が現れたら...』

 

「16番、菊池ノクターン。特技は古今東西の歌を歌うことです」


 会場は一瞬静まり返った。


 舞台上で私は軽く会釈をしながら、丁寧に髪を耳にかけた。今日のために特別に選んだ黒のワンピースは、シンプルながらも上品な印象を与えるもので、胸元のルビーのブローチが一際目を引く。それは私が最初に人間の血を吸った日、贈られたものだ。


「えっと...申し訳ありませんが、応募用紙の年齢欄に書かれている数字は...」


 中央の審査員が眉をひそめながら言った。


「二百歳、と書かれていますが...」


 会場がざわめいた。


「はい、正確には243歳です。先月誕生日を迎えたばかりで」


 私は穏やかに微笑んだ。


「これは...冗談ですか?」


 左端の若い女性審査員が苛立ちを隠せない様子で言った。


「本日は貴重な時間をいただいているのですから、まじめに対応していただきたいのですが」


「いえ、全く冗談ではありません。私は1781年生まれの吸血鬼です。夜の女王とも呼ばれています」


 私は少し自慢げに言った。


 会場は一瞬でパニックに陥った。スタッフたちが慌てて動き始め、何人かの審査員は立ち上がり、避難経路を探し始めた。


「冗談でも何でもない。退場してください」


 若い審査員が厳しい声を上げた。


 しかし、右端に座っていた眼鏡の中年男性だけは、驚いたように私を見つめながらも、落ち着いていた。


「待って」


 彼の声は穏やかだが、確固としていた。


「一応、歌を聴いてみましょう」


「プロデューサー、冗談じゃないですよ。こんな奇妙な人を...」


「歌だけは聴いてみるべきだと思います」


 彼は静かに言った。


「そうですね、せっかく来たのだから」


 中央の年配の審査員も、少し落ち着きを取り戻して同意した。


「では、お願いします」


 私は礼儀正しく頭を下げ、深呼吸をした。


 そして、歌い始めた。


 まず、1890年代のオペラ「春の女神」のアリアから始めた。私はその初演も観ている。続いて1950年代のジャズナンバー、そして80年代のポップスへと滑らかに移行し、最後に今流行っているJ-POPの曲で締めくくった。


 歌い終わると、会場は完全に静まり返っていた。


「...センター」


 眼鏡の中年男性が呟いた。


「夏元さん、あなたは正気ですか?」


 若い女性審査員が声を上げた。


「彼女は明らかに...」


「史上最高の歌声を持っているということです」


 プロデューサーが言った。


「彼女の声は...時代を超えて熟成されたワインのようだ。あらゆる音楽の時代を生きてきた証が、その歌声には刻まれている」


 中央の審査員も唖然としていた。


「しかし、年齢が...」


「それは問題ありません」


 私は静かに言った。


「私は見た目は20代前半ですし、昼間のロケなどは...代役を立てるなど、何か工夫すればいいでしょう」


「しかし、あなたは...本当に...」


「吸血鬼です」


 私は微笑んだ。


「でも、人間の血を吸うのは月に一度程度です。それ以外は牛や豚の血で十分です。最近は代替血液も研究されているようですし」


 会場はまた騒然となった。


「これは冗談ではありません」


 夏元プロデューサーが立ち上がり、皆を黙らせた。


「彼女の歌声は本物です。そして、彼女がアイドルになりたいという気持ちも本物です。我々は彼女の...特殊な事情を理解し、対応することができるはずです」


「でも、吸血鬼なんて...」


「オーディションの規約に、人間であることが条件だとは書いていませんでした」


 彼は穏やかに言った。


「それに、彼女が本当に吸血鬼だとしても、それは多様性の一環として受け入れるべきではないでしょうか」


 会場は静まり返った。


「もし私が採用されれば」


 私は声を上げた。


「私はこの200年間で培った経験をすべて活かし、最高のアイドルになることをお約束します。そして、人間の血は...グループメンバーからは絶対に吸いません」


 夏元プロデューサーは微笑んだ。


「それで十分です。菊池さん、あなたはこの場でセンターポジションに内定します」


 会場からは驚きの声と、小さな拍手が起こった。


「ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


「一つだけ質問があります」


 夏元さんは真剣な表情で尋ねた。


「なぜ、243年も生きてきた吸血鬼が、今さらアイドルになりたいと思ったのですか?」


 私は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「実は...私は人間の頃から歌うことが好きでした。でも、吸血鬼になってからは、人前で目立つことを避けるように生きてきました。しかし、この数十年間、日本のアイドル文化を見てきて...私も輝きたいと思うようになったのです。200年以上も影に生きてきましたから、少しだけ、スポットライトを浴びてみたいと思いました」


 夏元さんは感心したように頷いた。


「それは素晴らしい動機です。菊池さん、これからあなたの新しい人生...いや、吸血鬼生活が始まります」


 私は嬉しさで胸がいっぱいになった。243年の人生で初めて、本当に自分の望みを叶える一歩を踏み出したのだ。


「ただし、血を吸うのは月に一度まで。そして、ファンの血は絶対に吸わないこと」


「はい、お約束します」


 私は笑顔で答えた。


「それから、日焼け止めはしっかり塗ってください。屋外ロケも多いですから」


「はい、スポンサーさんのものを使います」


「では、契約書にサインをお願いします」


 夏元さんが契約書を差し出した。


 私は躊躇なくサインをした。インクは赤い...私自身の血を少し垂らして署名した。


「これで契約成立です。菊池ノクターンさん、あなたは今日から『ミッドナイト☆ドリーム』の一員です」


 会場からは拍手が起こった。まだ戸惑いの表情を浮かべている審査員もいたが、私の歌声に心を打たれた人々の反応は本物だった。


 私は深々と頭を下げた。243年の人生で初めて、自分の道を選んだ瞬間だった。


「それでは、これからよろしくお願いします」


 私は微笑んだ。その笑顔の中で、私の切歯が少しだけ光った。


 夏元プロデューサーはそれに気づいたが、気にしないようにした。


「ああ、それと...ファンの血を吸わないこと以外にも、いくつか条件があります」


「はい?」


「まず、ファンミーティングは日中に行われますが...」


「大丈夫です。日光は弱点ですが、日焼け止めと帽子、サングラスがあれば、短時間なら活動できます」


「そして、メンバーには秘密にしていただけますか?」


「それは...難しいかもしれません。共同生活をするなら、いずれは気づかれると思います」


「そうですね...では、少しずつ打ち明けていきましょう」


「はい」


 私は頷いた。


「それでは、明日から練習開始です。9時に事務所に来てください」


「わかりました」


 私は丁寧に礼をして、ステージを降りた。


 帰り道、夜空を見上げながら、私は243年の人生で初めて、本当の意味で「生きている」と感じた。


 これからの新しい人生...いや、吸血鬼生活が、とても楽しみだった。

プロンプト

「『オーディションに吸血鬼が現れたら...』。場所は東京。私は吸血鬼。夜の女王。今日も人間の生き血を吸う。しかし、それ以上にアイドルが大好きだ。私はオーディションに一般公募で応募することを思いつく、綺麗な衣装で歌い踊る。私は例の団体女性アイドルグループのオーディションに応募する。「16番。特技は古今東西の歌を歌うことです」。「え…年齢が二百歳!?」。審査員がざわつく。「歌ってください」。その中でひとり、眼鏡の中年男性は落ち着いていた。私が歌う。「…センター」。会場がざわつく。「ですが、年齢が」。審査員が異論を唱える。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

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