『舐め腐ったアイドルと価値観押し付けファンとの板ばさみ』
月が雲に隠れた冬の新宿。俺は先ほど喰った若い男の血を舌舐めずりしながら、いつもの場所に立っていた。
「はぁ...」
思わず溜息が漏れる。最近の"食事"はあまりにも単調だ。舌を鳴らして血を啜り、恐怖に歪んだ顔を眺め、そして記憶を消す。三百年も同じことを繰り返していると、さすがに飽きてくる。
「何か刺激が欲しいな...」
目の前を通り過ぎる人間たちを眺めながら、俺は考えた。そうだ、鬼ごっこはどうだろう?逃げ惑う獲物を追いかけ、絶望に染まった顔を見る。それは俺にとって、なかなか魅力的な提案だった。
視線の先に、一人の女が見えた。夜なのにサングラスに帽子、そしてマスク。不審な格好だが、よく見ると整った目元と鼻筋が見える。若くて美しい。完璧な獲物だ。
俺はゆっくりと彼女に近づき、声をかけた。
「お嬢さん、私と鬼ごっこはどうかな?最高の褒美を用意しているよ」
女は一瞬動きを止めた。そして、ため息をついた。
「もしかして、私のファン?」
彼女は明らかに機嫌が悪そうだった。
「プライベートまで声かけないでよ。面倒くさい」
「...ファン?」
俺は困惑した。三百年生きてきた吸血鬼が、人間のファンであるわけがない。むしろ食べる側だ。
「いや、お嬢さん。あなたを食べたいと思っているだけだよ」
彼女は再びため息をついた。
「またそのネタ?SNSでもう飽きるほど見たわよ。『彩音を食べたい』って」
彩音?どうやらこの女は有名人らしい。だが、吸血鬼の俺にはそんなことはどうでもいい。俺は牙を見せ、本気であることを示そうとした。
その瞬間—
「なんだよ!アイドルが恋愛すんじゃねえよ!」
轟音のような怒号と共に、数人の男たちが駆け寄ってきた。彼らは皆、同じようなTシャツを着ている。そこには「彩音命」と書かれていた。
「彼氏作るんじゃねえよ!」
「ファンを裏切るのか!」
「純粋な彩音を返せ!」
ガチ恋勢の男たちは俺と彼女—彩音を取り囲んだ。彩音は迷惑そうな表情を浮かべながらも、男たちに向き直った。
「ちょっと!またあなたたち?いい加減にしてよ!彼は私のファンなだけで、付き合ってるわけじゃないでしょ!」
俺は混乱した。
「いや、俺はファンではない。彼女の血を吸おうと—」
「うるせえぇぇぇ!」
一人の男が俺の言葉を遮った。
「お前みたいなイケメンが彩音に近づくなんて、絶対に恋愛目的だろ!ガチ恋だろ!ガ・チ・恋!」
イケメン?なるほど、確かに俺は人間を誘惑しやすいように、美しい外見を持っている。だが問題は別のところにあった。
「いいか、俺は吸血鬼だ。彼女の血を吸いたいだけで—」
「また"彩音を食べたい"かよ!」
別の男が叫んだ。
「そのセクハラ発言やめろ!純粋な彩音をそんな目で見るな!」
状況は混乱を極めていた。俺は吸血鬼であることを明かしているのに、ファンたちは比喩表現だと思っている。彩音は俺をファンだと思っている。そして、ファンたちは俺を恋愛相手だと思っている。
「あの、話を聞いて欲しい。俺は本当に—」
「黙れ!」
ファンの一人が俺の胸ぐらを掴んだ。
その瞬間、俺の忍耐は切れた。赤く光る目、伸びる牙、そして超人的な力。俺は男を軽々と持ち上げ、壁に叩きつけた。
「お前らにも鬼ごっこを楽しんでもらおうか?」
ファンたちは恐怖に目を見開いた。やっと理解したようだ。一方、彩音は冷静に状況を観察していた。
「あら、本物の吸血鬼?」
彼女は意外にも興味を示した。
「それなら、これからの仕事に使えるわね」
彼女はマスクを外し、サングラスを取った。その顔は確かに美しかったが、目は冷たく計算高かった。
「あなた、私の新曲のPVに出てくれない?『吸血鬼の恋』っていうコンセプトで考えてたの。実際の吸血鬼なら、リアリティが増すわ」
俺は思わず笑ってしまった。三百年生きてきて、初めての経験だった。獲物が俺を利用しようとしている。
一方、ファンたちは彩音の提案に激怒した。
「冗談じゃない!純粋な彩音が吸血鬼と絡むなんて!」
「そんなダークなコンセプト、彩音らしくない!」
「俺たちが許さない!」
彩音はファンの抗議を完全に無視し、スマホを取り出して俺の写真を撮り始めた。
「完璧よ!この雰囲気、プロデューサーも気に入るはず」
俺はこの状況に思わず笑みを浮かべた。確かに退屈は紛れた。この状況は、三百年の人生で最も奇妙で興味深い出来事かもしれない。
「わかった。お嬢さん、取引しよう」
俺は彩音に向かって言った。
「PVに出よう。だが、その代わり...」
彩音は期待に目を輝かせた。
「その代わり、お前のファンを一人、食べさせてもらおうか」
彩音は一瞬考え、そして微笑んだ。
「いいわよ。でも、SNSで私の"食レポ"はしないでね?」
彼女は自分のファンを見捨てるつもりだった。なんと冷酷な人間だろう。
ファンたちは絶望的な表情を浮かべた。彼らの崇拝する彩音は、彼らの想像とはかけ離れた人物だった。
「彩音...お前、本当にそんなヤツだったのか...」
彩音は肩をすくめた。
「ビジネスよ。何も個人的なことじゃないわ」
俺は状況を楽しみながら、ファンたちに向かって牙を剥いた。
「さあ、誰から頂こうか?」
ファンたちは悲鳴を上げて逃げ出した。やっと俺の望んだ鬼ごっこが始まった。
「待って!」
彩音が俺の腕を掴んだ。
「追いかける前に、事務所の連絡先を教えるわね」
俺は呆れた。
「君は本当に面白い人間だ」
彩音は笑った。
「あなたも変わった吸血鬼ね。普通、こんな状況にならないでしょ?」
確かにその通りだ。俺は血に飢えた獣から、アイドルのPV出演者になるところだった。この世界は常に俺を驚かせる。
「さて、連絡先を交換した後は...」
俺は逃げていくファンたちを見た。
「鬼ごっこの続きをしよう」
彩音は肩をすくめた。
「好きにして。でも、あまり目立つと警察が来るわよ」
俺たちは奇妙な笑みを交わした。吸血鬼と舐め腐ったアイドル。どちらも人間の血を吸う存在だ。ただ、方法が違うだけで。
そして、東京の夜は更けていった。
プロンプト
「『舐め腐ったアイドルと価値観押し付けファンとの板ばさみ』。場所は東京。私は吸血鬼。夜の帝王。今日も人間の生き血を吸う。しかし、最近マンネリ化してきた。私はふと鬼ごっこを提案することを思いつく、逃げ惑う人間を狩る。血を吸うだけではなく恐怖の顔を楽しめる。私は若い女を見つけて声をかける。「お嬢さん、私と鬼ごっこはどうかな?」。「もしかして、私のファン?プライベートまで声かけないでよ」。女は夏なのにサングラスに帽子とマスクを着けている。そのとき、ファンが押し寄せる。「なんだよ!アイドルが恋愛すんじゃねえよ。彼氏作るんじゃねえ」。このプロットを元にシニカルコメディ短編小説を書きましょう。」