『呪』~黒い革の渇き~
月曜の午後、俺は下北沢の路地を歩いていた。周りは古着屋だらけで、それが下北沢の魅力だった。
「見つけたら即買い」が俺のモットーだ。長身で痩せている俺には、古着がよく似合う。友達はよく「モデルみたいだな」と言うが、それは単に古着を着こなせるからだろう。
財布の中身は数千円。大学生の悲しい現実だ。だが、安くていいものを見つけるのが古着屋巡りの醍醐味でもある。
「あれ?こんな店あったっけ?」
細い路地の奥に、これまで見たことのない店があった。「黒猫古着店」と書かれた看板は半分剥がれ落ち、窓ガラスには埃が積もっていた。
なぜか足が勝手に動いた。ドアを開けると、チリンと鈴の音がして、店内は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。
「いらっしゃい」
振り向くと、異様に白い肌を持つ老婆が立っていた。いつの間に?と思ったが、気のせいだろう。
店内には様々な古着が並んでいたが、俺の目は一点に釘付けになった。
奥の壁に掛けられた黒いライダースジャケット。
それは完璧だった。革の質感、サイズ感、デザイン、すべてが俺を呼んでいるようだった。
「試着してみるかい?」
老婆が不気味な笑みを浮かべた。
ジャケットを着ると、まるで自分のために作られたかのようにぴったりだった。鏡に映る自分は想像以上にかっこよかった。これで女の子にモテないはずがない。
「いくらですか?」
「君には特別に8,000円でいいよ」
財布の中身は9,000円。明日の昼食代まで考えると迷うべきだったが、俺の頭の中は「買え」という声でいっぱいだった。
「買います」
老婆は薄気味悪く笑った。
「良い選択だ。だが一つだけ約束してほしい。夜中の12時以降はこのジャケットを脱がないでおくれ」
「はぁ?なんでですか?」
「そういう決まりなんだよ。守ってくれるね?」
奇妙な条件だったが、ジャケットへの執着が勝った。
「分かりました」
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その夜、友人たちと居酒屋で飲んでいた。新しいジャケットは大好評で、特に隣に座った佐藤美咲からは熱い視線を感じた。
「タケル、そのジャケットどこで買ったの?すごく似合ってる」
「下北の古着屋でたまたま見つけたんだ」
話が弾み、気づけば23時を過ぎていた。突然、体に違和感を覚えた。喉が乾く。異常なほどに。
「ちょっとトイレ行ってくる」
洗面所の鏡を見ると、顔色が青白い。目の下にクマができ、唇が乾いている。水を飲んだが、喉の渇きは収まらなかった。
11時55分。ジャケットを脱ごうとしたとき、老婆の言葉を思い出した。
「夜中の12時以降はこのジャケットを脱がないでおくれ」
迷ったが、あの不気味な老婆の言葉が頭から離れなかった。ジャケットを着たまま友人たちのテーブルに戻った。
「タケル、大丈夫?顔色悪いよ」
「ちょっと疲れただけ。もう帰るわ」
外に出ると、喉の渇きが増した。頭がぼんやりして、記憶が断片的になり始めた。
次に意識が戻ったとき、俺はアパートのベッドにいた。朝の光が窓から差し込んでいる。ジャケットはまだ着たままだった。
奇妙なことに、体はむしろ元気だった。でも、夜中に何があったのか、まったく覚えていなかった。
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次の夜も同じことが起こった。喉の渇き、意識の混濁、そして記憶の喪失。
三日目の朝、スマホのニュースアプリに目を通していると、恐ろしい見出しが目に飛び込んできた。
「下北沢で連続猟奇事件、被害者の首に噛み跡」
震える手でニュースをスクロールすると、最初の被害者は佐藤美咲だった。
「まさか...」
夜中の記憶がないことと、この事件は関係あるのか?頭を抱えて考えていると、ジャケットの内側から何かが光った。
小さなポケットに手を入れると、古ぼけた紙切れが出てきた。
「呪われし革衣を纏う者は夜の生き物となる。三日間の餌食の後、永遠の闇に堕ちる」
冗談じゃない。俺はジャケットを脱ごうとしたが、ファスナーが動かない。焦ってジャケットを引き裂こうとしたが、革はびくともしなかった。
電話で大学を休む連絡をし、すぐに下北沢へ向かった。黒猫古着店を必死で探したが、あるはずの路地には何もなかった。
「おい、お兄ちゃん、何探してんの?」
通りすがりの高校生に声をかけられた。
「黒猫古着店って知らない?この辺にあったはずなんだけど」
高校生は首を傾げた。
「この辺にそんな店ないよ。でも...」
「でも?」
「昔ここに住んでた祖父が言ってたな。30年前くらいに、黒猫って店があって、そこのオーナーがライダースジャケットを着た若者に殺されたって。その後、若者は自殺したんだって」
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夕方、警察が俺のアパートに来た。佐藤美咲の友人として事情聴取を受けたが、俺には夜の記憶がなく、何も答えられなかった。
「君、具合悪いのか?やけに青白いぞ」
刑事が言った。
「大丈夫です。少し寝不足で...」
刑事たちが帰った後、太陽が沈み始めた。喉の渇きが再び襲ってきた。
今夜は三日目だ。紙に書かれていた「三日間の餌食の後、永遠の闇に堕ちる」という言葉が頭の中でリピートする。
「くそっ!」
玄関のドアを開けると、目の前に黒猫古着店の老婆が立っていた。
「時間だよ」
「何なんだよこれ!このジャケットを脱がせてくれ!」
「できないよ。あれは呪いの品だ。30年前、私を殺した若者がそれを着ていた。彼の魂と共に呪いが込められているんだ。三人の血を吸うと、君も永遠に呪われる」
「冗談じゃない!」
時計は23時59分を指していた。体が熱くなり、歯が鋭く伸びるのを感じた。視界が赤く染まり、老婆が笑っている。
「さあ、三人目の獲物を探しに行くんだ。それが君自身であってもね」
気がつくと、俺は屋上に立っていた。眼下に広がる東京の夜景。喉の渇きと、永遠の闇への恐怖。
ジャケットの呪いを解く方法はあるのか?もう二人の命を奪ってしまった。三人目は...自分自身なのか?
朝日が昇るまでここにいれば、もう誰も傷つけずに済む。だが、呪いは解けない。
「安い買い物じゃなかったな」
俺は空を見上げた。満月が美しく輝いていた。
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三日後、下北沢の古着屋街に新しい店が開店した。「黒猫古着店II」。
店内には様々な古着が並び、奥の壁には一着の黒いライダースジャケットが掛けられていた。
「いらっしゃい」
若い店主が微笑んだ。彼の顔は青白く、目は異様に赤かった。
「このジャケット、いくらですか?」
一人の女子大生が訊ねた。
「君には特別に8,000円でいいよ」
店主は薄暗い店内で微笑んだ。
「だが一つだけ約束してほしい...」
プロンプト
「『呪』。場所は東京の下北沢。俺は古着が好きな大学生。今日も古着屋巡りをしてお宝を探していた。(金がないのもあるがまだまだ着れるのに売るなんてもったいない)。色白で長身で細身。俺に着こなせない古着はなかった。「あれ?こんな時に古着屋なんてあったっけ?」。不気味な雰囲気の店。しかし、そこにあったライダースジャケットは超魅力的だった。しかし、それを買った日から夜の記憶がなくなる。展開、俺はこのジャケットのせいで夜は吸血鬼になってしまう。このプロットを元にシリアスブラックコメディ短編小説を書きましょう。」