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『焼き肉屋に逃げ込まれたが、どうやらとある事情があるらしい』~人情紙吹雪~

「お嬢さん、私と鬼ごっこはどうかな?」


 私の声に、長身の女性が振り返った。その瞳に恐怖が宿る。完璧だ。最近の狩りはマンネリ化していたが、今宵は違う。ただ血を啜るだけでなく、獲物の恐怖に満ちた表情を楽しむのだ。


 女は逃げ出した。私は余裕の表情で追いかける。夜の帝王たる吸血鬼の私にとって、人間など迷路のネズミと変わらない。


 しかし、女は意外な場所に逃げ込んだ。薄暗い路地裏に佇む、看板の文字も消えかかった焼き肉屋。ニンニクの匂いが漂う。


「フ、吸血鬼が銀やニンニクを嫌うなんて迷信だ」


 私は扉を開けた。店内は埃っぽく、どこか寂れている。女は奥のテーブルで、小さな子供を抱きしめていた。やせ細った少年は、私を見て意外な反応を示す。


「ママー!久しぶりのお客さんだよ!」


 その声に、私は立ち止まった。空腹を忘れるほどの違和感。店内をよく見ると、テーブルには埃が積もり、冷蔵庫は空っぽで電源も入っていない。壁には「本日のおすすめ」の黄ばんだ紙が貼られたまま。


「息子が店を継ぐって言うけど...でも私には経営なんて...」


 女性の声が震える。少年は希望に満ちた目で私を見つめている。


「ねぇ、お客さん!うちの焼肉、絶対美味しいよ!」


 私は深いため息をつく。寝覚めが悪い。こんな展開は想定外だった。だが、この少年の目に宿る情熱は、私の長い人生で見た中で最も純粋なものかもしれない。


「では、私が店を立て直そう」


 その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。だが後悔はない。


「え...?」


「人の情に触れるのも悪くないかもしれん」


 少年が飛び跳ねて喜ぶ。母親は困惑の表情を浮かべている。


 かくして、吸血鬼が経営する焼き肉屋『月下の宴』が誕生した。血の味に飽きた吸血鬼が、人間の温もりと焼き肉の旨味に魅了される――そんな、あり得ない物語の始まりである。


 ◇


「包丁を持つ手に力が入りすぎている」


 私は母親の手元を見つめながら、優しく指導する。彼女は真剣な眼差しで肉と向き合っている。かつて私に怯えていた表情は消え、今は必死に学ぼうとする決意に満ちている。


「こうですか...?」


「その調子だ。肉を切る時は、まるで月光が闇を切り裂くように」


 私は思わず吸血鬼らしい表現を使ってしまった。だが、彼女は微笑んで頷く。人を怖がらせることしかしてこなかった私だが、今は人を育てることに喜びを覚えている。


「ねぇねぇ、新しい看板メニュー決まった?」


 息子の声が厨房に響く。彼は学校から帰ってくるなり、まっすぐに私に来るようになった。


「ああ」


 私は満足げに答える。


「『月下の極上カルビ』だ。秘伝の味付けで、夜空のように深い味わいを追求した」


 実は、この味付けには少々秘密がある。先祖伝来の秘薬を極少量混ぜているのだ。もちろん、人に害はない。むしろ、肉の旨味を驚くほど引き出す効果がある。


 店内も一新した。漆黒の壁に、銀色の装飾。まるで月夜を思わせる雰囲気だ。テーブルには一輪の赤い薔薇。私の美意識が詰まっている。


「あの、従業員の面接なんですが...」


 母親が遠慮がちに切り出す。確かに、客足が増えてきた今、人手は必要だ。


「任せろ。夜の帝王たる私には、人を見る目がある」


 実際、これまでの長い人生で培った目利きは確かだ。早速、面接を始めることにした。


 最初に採用したのは、年配の料理人。彼の手には確かな技術があった。次に、明るい性格の女子大生。接客の才能がある。


「うわぁ!お店、本物のレストランみたいになってきたね!」


 息子の目が輝く。母親も嬉しそうだ。私は彼らの表情を見て、なぜか胸が温かくなる。


「さぁ、開店準備だ」


 私は新しい従業員たちに声をかける。彼らはまだ、店長が吸血鬼だとは知らない。いずれ話すべきかもしれないが、今はまだその時ではない。


 月が昇り、店内に活気が満ちていく。かつて私は月下で人を追いかけていたが、今は月の下で人々に喜びを届けている。


 これもまた、夜の帝王の新しい姿なのかもしれない。


 ◇


 店は連日満員御礼。週末には行列ができるほどの人気店となった。「月下の極上カルビ」は口コミで瞬く間に広まり、若者からベテランまで、あらゆる客層に愛される店になっていた。


「お母さん、今日の売り上げ、また過去最高!」


 息子は興奮気味に伝票を見せる。母親は誇らしげな笑顔を浮かべる。この半年で、彼女は見違えるように逞しくなった。包丁さばきは鋭く、料理の段取りは的確。客との対応も温かく、かつ毅然としている。


 私は店の奥から彼女たちを眺めていた。


「あの…」


 中年の料理人が近づいてくる。


「何だ?」


「今夜で退職させていただきます。ここでの経験を生かして、自分の店を出します」


 私は微笑んだ。まるで我が子を送り出すような気分だった。


「よいだろう。頑張れ」


 開店当初、私が採用した従業員たちは、今や独立していく者、出店を考える者と、それぞれの道を歩み始めていた。


 夜も更け、店の片付けが始まる。母親が私に声をかけた。


「本当にありがとうございます。まさか吸血鬼さんに店を立て直してもらえて...血でもなんでも好きなように…」


 私は立ち上がる。背筋を伸ばし、月光に照らされた姿は、まるで伝説の支配者のようだった。


「ニンニク臭い血液など吸えるか」


 最後の一言を残し、私はクールに店を後にした。誰も私の背中に気づかない。ただ、息子だけは、わずかに私の姿を追いかけるように窓の外を見ている。


 店の看板は、静かに月光に輝いていた。

プロンプト

「『焼き肉屋に逃げ込まれたが、どうやらとある事情があるらしい』~渡る世間は吸血鬼ばかり、人情紙吹雪~。場所は東京。私は吸血鬼。夜の帝王。今日も人間の生き血を吸う。しかし、最近マンネリ化してきた。私はふと鬼ごっこを提案することを思いつく、逃げ惑う人間を狩る。血を吸うだけではなく恐怖の顔を楽しめる。私は長身の細身の女を見つけて声をかける。「お嬢さん、私と鬼ごっこはどうかな?」。女は必死で逃げて、ボロボロの焼き肉屋に入る。「フ、吸血鬼がニンニクが嫌いなんて迷信だ」。私は意気揚々と焼き肉屋に入る。さっきの女が小さくやせ細った子供を庇うように抱いていた。どうやら、我ら三人以外いないらしい。「ママー久しぶりのお客さんだよ」。寝覚めが悪い。決めた。私はこの店を立て直す。このプロットを元にシリアス人情コメディ短編小説を書きましょう。」

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