表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
312/601

『ヴァンパニック』

 

 運は時として残酷な形で微笑むものだ。


 血に濡れた一枚のエースを握りしめながら、私は運命の意味を考えていた。このポーカーで手に入れた豪華客船のチケット。まさか、そんな些細な勝負が私の人生最後の賭けになるとは思わなかった。


 甲板に立ち、満月に照らされた大西洋の波を眺めていた時、背後から妖しい声が耳を撫でた。


「あら、美味しそうな」


 振り返った瞬間、息が止まった。そこには月光を纏った幻想的な美しさの女性が立っていた。深紅のドレスは血のように夜風になびき、磁器のように白い肌は月明かりを吸い込んで輝いていた。しかし、その琥珀色の瞳の奥には、何世紀もの飢えと狂気が渦巻いていた。


「今宵、あなたと特別なゲームを楽しませていただこうかしら」


 彼女は艶めかしく唇を歪め、鋭い牙を覗かせた。


「逃げ切れたら命は差し上げます。朝日が昇るまでよ。素敵な取引だと思いませんこと?」


 私の返事を待つことなく、彼女は優雅な一歩を踏み出した。その瞬間、私の本能が叫んだ。逃げろ。


 豪華客船の迷宮のような通路を駆け抜ける。心臓が爆ぜそうなほど激しく脈打つ。しかし、どこに逃げても彼女の気配が纏わりつく。まるで影のように、私の背後にぴったりとついてくる。時折、廊下の向こうで彼女のドレスが翻るのが見える。だが振り返ると、そこには誰もいない。


「ふふ、久しぶりにこんなに楽しめるわ」


 彼女の声が耳元で囁く。冷たい吐息が首筋を撫でる。振り返ると、やはりそこには誰もいない。しかし確実に、彼女は私を追い詰めていた。猫が鼠を弄ぶように、ゆっくりと、着実に。


 時計を見る。針は午前2時を指している。日の出まであと4時間以上。このままでは確実に命はない。


 必死に考える。吸血鬼の弱点は何だ?ニンニク?十字架?聖水?どれも今の私には手の届かないものばかり。そのとき、船底から流れてくる官能的な音楽が私の耳を捉えた。


 ダンスホール。


 閃きは稲妻のように私の中で走った。


「お嬢さん」


 私は立ち止まり、彼女の方を向いた。


「死ぬ前に、最後の踊りを申し込ませていただけませんか?」


 彼女は月明かりの下で妖しく微笑んだ。


「まあ、なんて粋な死に方なのかしら」


 ダンスホールは深夜にも関わらず、華やかな衣装に身を包んだ乗客たちで溢れていた。オーケストラが情熱的なタンゴを奏でている。そして私たちは、死の舞踏を始めた。


 激しく、狂おしいまでに。彼女の動きは蛇のように妖艶で、私の拙い動きさえも芸術に変えていく。私たちの周りの空気が歪み始める。他の客たちも、まるで呪いにかけられたように、次第に激しい踊りに巻き込まれていく。


 船が揺れ始めた。


 最初は小さな揺れだった。しかし、ダンスが熱を帯びるにつれ、揺れは大きくなっていく。乗客たちは私たちの狂気の渦に飲み込まれ、誰も危険に気付かない。


「あら、なんて狡猾な策なの」


 彼女が嗜虐的な笑みを浮かべながら囁いた。


「でも、このまま船が沈んでも、私は永遠に泳ぎ続けられるのよ?」


「ええ、でも」


 私は彼女の耳元で答えた。


「朝日の下の大海原では、いかがかな?」


 その瞬間、決定的な衝撃が船を襲った。甲高い金属音と共に、船体が大きく傾く。シャンデリアが砕け散り、悲鳴が響き渡る。パニックの中、救命ボートが次々と降ろされていく。東の空は、既に僅かながら白みはじめていた。


「お見事」


 彼女は血のように冷たい唇で私にキスをした。


「こんな官能的な夜を過ごせたのは、何世紀ぶりかしら」


 そして彼女は、破れた窓から漏れる月明かりの中へと消えていった。


 翌朝の新聞は「原因不明の豪華客船沈没事故」を一面で報じた。生存者の証言によると、事故の直前まで船内では前代未聞の熱狂的なダンスパーティーが催されていたという。


「はいはい、またおじいちゃんの作り話」


 孫たちは私の膝の上で退屈そうな顔をしている。確かに、吸血鬼との命を賭けた一夜の華麗な舞踏など、誰が信じるだろうか。


「でも、すっごく面白かった!」と、末っ子のミキが目を輝かせる。


「次は違う話して!」


 その時、窓の外を指さす長女の優子。


「あっ!」


 私の心臓が止まりそうになる。道路の向こう、街灯の下に佇む深紅のドレスの女性。磁器のように白い肌は、夕暮れの中で妖しく輝いている。そして、こちらを見つめる琥珀色の瞳。


「どこ?誰もいないよ?」とミキが首を傾げる。


 確かに、もう一度見直すと、そこには誰もいなかった。だが、夕闇に消えていく彼女の残した笑い声は、間違いなく現実のものだった。私の首筋に残る、あの夜のキスの痕が疼きだす。


「さあ」


 私は立ち上がり、カーテンを閉めた。外では満月が不気味に輝き始めている。


「おじいちゃんには、まだまだ話したい思い出があるんだ」


 孫たちは息を呑んで、私の新しい物語に耳を傾けようとしている。そして私には分かっていた。彼女は永遠に私の物語の中で踊り続けるだろう、あの月下の舞踏のように。

プロンプト

「『ヴァンパニック』。場所はアメリカ。私は旅する青年。今日はギャンブルに勝って豪華客船のチケットをいただいた。「さすが、豪華客船。綺麗な眺めだ」。そのとき、月を背景に一人の女がいた。「あら、美味しそうな」。夜の甲板で私は夜中に吸血鬼と遭遇した。吸血鬼は私に対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そうダンスホールだ。過激に踊る俺たちは客船を沈没させてしまう。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

「「おじいちゃん、また嘘ついている」。老人のホラ話を聞いている孫たち。そのとき、孫の一人は道路に綺麗な女性を見つける。しかし、瞬きをすると消えていた。このプロットを元に物語を締めくくってください。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ