『高度7000メートルの鬼ごっこ』
「鬼ごっこをしましょう」
真夜中の羽田空港で、その言葉を告げた青白い顔の紳士は、にやりと笑って牙をのぞかせた。私、浜田航平は思わず喉が渇くのを感じた。
「はい?」
「シンプルなルールです。私が鬼。浜田さんが子。朝日が昇るまでに捕まえられなければ、浜田さんの勝ち。捕まえたら...」
紳士は言葉を濁したが、その意味するところは明白だった。私の首筋がぞわりとした。
「断ると?」
「即座にあなたの負けということで」
ああ、つまりどっちにしろ、逃げるしかないというわけか。
「分かりました」
私は返事をしながら、頭の中で必死に計算していた。今は午前2時。夏の東京で日の出は4時半頃。およそ2時間半、この吸血鬼から逃げ切らなければならない。
「では、30秒差し上げましょう。29、28...」
紳士が優雅にカウントダウンを始めた瞬間、私は駐機場へ向かって全力で走り出していた。
「ふふ、パイロットならではの発想ですね」
背後から聞こえる紳士の声に、焦りながらも私は確信していた。これしかない。
整備士の深夜点検が終わったばかりの737がある。そこまで走りながら、私は制服のポケットからIDカードを取り出した。
「10、9、8...」
声が近づいてくる。手が震える。それでも、カードをかざして機体のドアを開け、コックピットまで駆け込む。
「3、2、1...」
エンジン始動。管制塔には無線で緊急事態を報告。幸い、深夜の滑走路は空いている。
「見つけましたよ」
コックピットの窓の外に、紳士の顔が不意に現れた。私は悲鳴を上げそうになりながらも、スロットルを推し進めた。
「おや?」
吸血鬼の表情が初めて崩れる。航空機の基本知識をご存知ないようだ。
「吸血鬼さん、知ってました?」私は余裕すら感じ始めていた。
「旅客機の巡航高度は約7000メートル。そこでは気圧が地上の4分の1以下になります」
紳士の顔が引きつった。そうなのだ。吸血鬼には数々の弱点がある。日光、ニンニク、十字架...。しかし、最も確実なのは、彼らが人間と同じように酸素を必要とすることだ。
「それでは、私はこの高度で2時間半ほど、おつきあいいただきます」
「まさか...」
紳士の声が風切り音にかき消される。私は管制官に状況を説明しながら、高度計の針が上がっていくのを見つめていた。
結局、その夜は富士山の上空でほぼ2時間半、燃料と時間の計算をしながら円を描き続けた。吸血鬼は姿を見せなかった。
着陸したのは夜明け直後。格納庫で待機していた救急隊と警察には、「回避訓練中の緊急事態」と報告した。もちろん、誰も本当の理由は信じまい。
ただ一つ困ったことがある。あの夜以来、深夜フライトのたびに、管制塔から冗談交じりに訊かれるのだ。
「浜田機長、今夜も吸血鬼との鬼ごっこですか?w」
プロンプト
「場所は東京。私の名前は浜田。職業はパイロット。夜中に吸血鬼と遭遇した私。吸血鬼は私に対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そう飛行機だ。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」