『吸血鬼にもほどがある』~ハートフルヒューマン&ヴァンパイアコメディ~
「今からでも遅くない」
その言葉を何度も自分に言い聞かせて、私は夜間定時制高校の門をくぐった。アラフォーのホステス井ノ川洋子、人生やり直しの一歩である。
教室は実に様々な人生模様の展示場だった。傷だらけの指の左遷サラリーマン、半グレ系のお兄さん、引きこもりだった少年、シングルマザーの若い子。みんな、それぞれの理由を抱えて机に向かっている。
「えー、みなさん。残念なお知らせです」
担任の山田先生が珍しく深刻な顔をして言った。
「前任の古川先生が、えー、不適切な行為で逮捕されまして」
教室が静まり返る。
「本日から新任の先生に来ていただきました」
ガラガラとドアが開く音。
「ブラド・ドラキュラです」
まるで漫画のように整った顔立ち。真っ白な肌。赤みがかった瞳。艶やかな黒髪。そして、完璧な黒のスーツ。
(どう見ても吸血鬼じゃないですか!)
クラス全員の心の中で突っ込みが入る。
「よろしくお願いします」
ドラキュラ先生が深々と頭を下げる。その仕草があまりにも日本的で、笑いをこらえるのに必死だった。
「数学を担当させていただきます」
(いやいや、まさか吸血鬼が数学?)
「特に、円周率πについて」
(π?吸血鬼なのに?)
授業が始まった。意外なことに、ドラキュラ先生は非常に丁寧な教え方をする。黒板に書く文字も綺麗だ。けれど、チョークを持つ手が震えている。
「あの、先生」
ヤンキーの松本が手を挙げた。
「はい?」
「先生、具合悪そうっすけど」
「い、いえ。大丈夫です」
「でも、顔色悪いっす」
「いつもこの顔色です」
教室に笑いが漏れる。
「実は...」
ドラキュラ先生が言いよどむ。
「夜ご飯を食べそびれまして」
(やっぱり!)
「保健室に輸血パックでもありますかね」
(まさかの直球!)
「先生!」
私は思わず立ち上がっていた。
「うちの店、夜勤の看護師さんいっぱい来るんです。紹介しましょうか?」
「え?」
「ナイトクラブなんですけど」
「あ、いえ、それは...」
慌てふためくドラキュラ先生。顔が赤くなっている。
(吸血鬼なのに上気する顔を見せるなんて...)
「先生、今度みんなでお好み焼き行きません?」
誰かが声をかける。
「お好み焼き...」
「ニンニク抜きで作ってもらいましょう」
教室が笑いに包まれる。
こうして私たちの夜間定時制高校に、新しい風が吹き始めた。吸血鬼の先生は、案外みんなの心の傷を癒やすのが上手かった。
たぶん、生きてきた時間が違うからなのだろう。それとも、自分も普通とは違う存在だからか。
夜の教室で、私たちはみんな少しずつ変わっていく。
吸血鬼にも、教師にも、生徒にも、それぞれの事情がある。
それを受け入れられる場所が、ここにはあった。
プロンプト
「『吸血鬼にもほどがある』。場所は東京の夜間定時制高校。私は井ノ川洋子。高校を中退して夜職の世界でホステスとして子供を育てたアラフォー女子。いまや子供は成人して立派な社会人。しかし、私の中で高校中退がコンプレックスになっていた。「今からでも遅くない」。そう思い立って夜間定時制高校に通い始めた。同級生はガラの悪いおじさんやヤンキー、少しとろそうな子など老若男女様々。まさに多様性の宝石箱。そして、ある夜。「みんな前任の先生が淫行でパクられたので、新任の先生を紹介します」。入ってきたのは、赤い目、白い肌、黒ずくめ、犬歯。(どう見ても吸血鬼!)。みんな心の中で突っ込む。「新任のドラキュいや、ブラド・ドラキュラだ」。そう言った瞬間、(いや!まんまかよ)。また、みんな無言で突っ込む。このプロットを元にシリアスシニカルコメディ短編小説を書きましょう。」