《 沼 》
今でも ずっと、
あの殿方は 沼の底で眠っております。
永遠に。
まだ若き日の 桜の花が咲き始めた頃。
最初は 唯の泥の沼。
私の想いが 深く深くなり過ぎた殿方に、
他のご婦人の影がつきまとい、
それは影ではなく、
実在すると知った時、
泥の沼は 私の憎悪の沼になりました。
そのご婦人とは 何も関係は無いと云う、
言葉を私は信じませんでした。
決して 信じなかったので御座います。
それでも 私の手を放そうとしない殿方の、
その手を 何度も振り払い、
けれども殿方は、
自分の心は 私の物だと、
云い続けておりました。
それが真なら その証を見せてと、
望んだ私に応えて、
自ら 沼に身を沈めたのでした。
私への愛を誓って。
憎悪に満ちていた沼は、
私の中の 奥深くに横たわる、
今は 真の愛の沼。
今でも ずっと、
永遠に私だけの人になった殿方が、
静かに 眠っております。
もう 誰にも触れさせない。
もう 誰にも渡さない。
若き日の 桜の花が咲き始めた頃。
その時、
私は 安堵して、
私は 満足して、
私は 壊れたので御座います。