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見てくださってありがとうございます。
突然、気絶したビル。リアは何が起こったのか周囲に視線を巡らせる。
答えは黒ずくめの人間の女だった。
「ありがとうございます。カムロ様」
「………………」
カムロと呼ばれた黒ずくめの女は視認するのも難しいくらいに極細のワイヤーをビルの首からほどき、シュルリと籠手に巻きつける。
「まったく!何なのあいつ!弱っちいし!まおーさまと全然違うじゃん!あんなのが新しいまおーさまだなんてありえない!」
「……同感です。魔王様は何を考えているのでしょうか」
「悪い方ではなさそうですが……とても王の器には見えませんモ」
ニア、リア、ミノだけではない。遠くから聞き耳を立てていた魔族達も皆、がっくりと肩を落としていた。
今までの苦労は何のためであったのか。怒りよりも、悔しさよりも、途方もない虚脱感が魔族達を襲う。 ただ一人を除いて。
「君らしくないな、リア。感情に眩んで理が見えないだなんて」
ナルだった。ナルだけは、白目を剥いてみっともなく地べたに這いつくばるビルを興味深そうに眺めていた。
「……どういう意味ですか?」
「彼を王にしようとしたあのお方の意図が少し分かっただけさ」
「……!?」
普段、他者を高く評価しないナルのから信じられない言葉が出てきた。リアは一瞬幻聴を疑うが、ナルの言葉の真意を探る。
「まぁ、こんな有様じゃ前途は多難だろうけどね」
「彼の有様がどうにかできるとは到底思えませんが……」
「あぁ、勘違いさせた?ボクが言ったのは彼のじゃない。君達の有様の方だよ」
「「「「!?」」」」
「じゃ、ボクはブラブラしてくるから。カムロ、ついてきてくれるかい?」
「………………」
カムロは何も言わず、ナルの後に続いて去っていった。
「お待ちください!どういうことですか!?」
去ろうとするナルに食い下がるリア。 ナルは振り返り、言う。
「君は聞くだけしかできないのか?あまりボクを失望させないでくれ」
「……!」
ナルの目は普段の軽薄な色を失い、ひどく冷めていた。
「………………」
リアは去っていくナルの背を見送ることしかできなかった。
「俺、食事の準備をしてくるっす!」
「俺も!」
魔族達が気まずい空気から逃げ出すように、それぞれ行動を始める。
「ねーさま……」
「……もう少し考えてみます。彼のことを」
「えー?考えても一緒だって。ただの弱虫だよ。あいつ」
「概ね同感ですモ。ビル殿に我らを束ねる力があるとは思えませんモ」
「………………」
リアの冷静になった頭が、ニアとミノの何気ない言葉に引っ掛かりを覚える。 言葉だけではない。ビルについて何かを口にする時の魔族の顔。
「……なるほど。ナル様のおっしゃった意味が少し分かりました」
「え?まさか、おねーちゃんまであのヘタレの肩を持つの?」
「そっちではありません。私達の有様の方です」
「……どういうこと?」
「二年前、人間の侵攻が始まったばかりの時。思い出せますか?」
「……人間如きが魔族に勝てるわけないって、皆で馬鹿にしてた」
「そう。誰もが無謀だと鼻で笑い、見下し、侮り……そして敗れた」
「それと何の関係があるの……?」
「私達はビル様について話した時、あの時と同じ顔をしていました」
「「!」」
「人間を評する時と同じように、彼をよく知りもしない内に侮り、見限った。知りもしない内にダメだと結論を出し、知ろうとすることを放棄した。私達の甘さは二年前から何も変わっていない。ナル様はそう言いたかったのでしょう」
「「っ」」
ニアとミノは同時に言葉を詰まらせた。しかし、納得できないように首を横に振って言う。
「けどさ〜、見たでしょ?」
「……気持ちは分かりますけどね」
正直、リアにしてみても二人と同意見。とてもビルに見込みがあるとは思えない。
(頭は悪くはなさそうですが……)
無理矢理にビルの良い点を探してみたが、出てきたのはそれだけだった。
(まだ、彼を深く知る必要があるということでしょうか……)
知るだけの深みがビルにあるのかは疑問だが。
「……もう少し様子を見ます」
「ねーさまがそう言うなら……」
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