29決着
評価してくださった方、ブックマークをしてくださった方、本当にありがとうございます。これからも見ていただけるように頑張ります。神の祝福っぽい何かがあらんことを。
「やれやれ、こんなんじゃこっちがまるで悪役じゃないっスか」
「……?」
「おにーさん、あんたのやろうとしてることは無駄なんスよ。万が一にもありえない仮定っスけど、例えこの場を切り抜けたところで『次』はすぐにやってくる。いいっスか?この世界に魔族の居場所なんてありゃしないんスよ」
気づけば、リリエラは子供でも知っている陳腐な常識を叩きつけていた。
気に食わない。ビルのまっすぐな瞳が。物分かりの悪い頭が。残酷な運命が訪れることすら知らずに、ニアを護りきろうとする愚直な意志が。 ビルの存在そのものがリリエラを苛立たせる。
「この世界は魔族にとって地獄そのもの。おにーさんはそれでも魔族に地獄を生きろって言うつもりっスか?ただ殺されるだけならまだいい。残酷な扱いを受けた挙句、悲惨な死を遂げる魔族だって少なくない。魔族の弾圧は逃れられない運命なんスよ!だったらせめて……スッパリと終わらせてやるべきなんスよ……!」
「………………」
「あんたのやってることはただの地獄の先延ばし!無意味なんだよ!その子に変な期待を持たせてどうするつもりなんスか!?どうせすぐに殺される!信じた人に裏切られて死んでいくことの残酷さをあんたは何も分かっちゃいない!」
「……やっぱり本当は優しい人だったんだ。リリエラさんは」
「は……?」
信じられない言葉がビルの口から放たれた。
魔族の血を引くビルが、人間の自分に向かって『優しい』などと、自分を殺そうとしてくる敵に『優しい』とビルは口にした。
リリエラがビルの言葉を理解できないまま、ビルは続けてくる。
「リリエラさんの言っていることはもしかしたら魔族にとっての一つの優しい救いなのかもしれない。だけど、俺は絶対に認めるわけにはいかない」
「……なぜ?」
「俺は魔王だから。俺の役目は魔族を終わらせることじゃない。魔族の居場所を作ること。約束したんだ。ママと……リアさんと。人間も魔族も互いに互いを恐れることなく、笑って暮らしていける世界を作るって」
「なんスか……それ……」
リリエラは言葉を失った。あまりにも途方もない綺麗事。 どれだけ魔族に同情的な人間でも、ここまでの大言壮語など口にしないどころか頭の片隅にだって浮かびもしない。
「……無理っスよ」
リリエラはそう言い返すだけで精一杯だった。
対するビルは何も口にしない。代わりに、薄く笑みを浮かべる。
「……なんスか?」
「ようやくリリエラさんの底が見えた気がした」
「……?」
「俺は『そこ』を通り過ぎた後にいる。リリエラさんって途方も無い相手だと思ってたけど、そうでもなかったみたい」
「何を言って……」
「『無理だ』って決めつけて現状に甘んじて何もしない……今のリリエラさんは情けなく泣いてたあの時の俺と一緒」
「っ!」
「本当はリリエラさんだって魔族を殺したいわけじゃない」
「違う……」
「だったら、どうして感情を殺して剣を振るうの?」
「!?」
「ずっとそう。当たれば死ぬって時のとどめの剣はいつも事務的……いや、義務的かな」
「うるさい……」
「そんな温い剣じゃ、俺は倒せない」
「うるさい!黙れ黙れ黙れぇええ!」
リリエラは癇癪を起こしたようにビルに剣をぶつける。
だが、通らない……!崩れない! そして、
キンッ。
「っ!?」
リリエラの剣が崩されると同時に、ビルが懐の死角に潜り込み、当て身の一撃を見舞ってくる。
「くっ!?」
リリエラがビルに見舞った喧嘩殺法そのものだった。 腹部に小爆発が起こったかのような衝撃に、リリエラの呼吸が崩れる。 倒れこそしなかったものの未だ体勢は不十分。
「うぉおおおおおお!」
ビルの怒涛の攻撃が始まる。
「ちっ!」
リリエラは培った経験と才能だけでビルの猛攻を全て防いでみせるものの、綱渡りの状態は続いていく。 しかし、
(なっ、初見殺しまで!?)
ビルの振り下ろしたはずの剣は瞬時に軌道を180度変え、リリエラの剣の柄を捉える。 異彩を放つ不意の一撃に、リリエラは反応できなかった。
宙に弾き飛ばされるリリエラの剣。 もう、リリエラの身を守れる物は無い。
「いっけぇええええ!」
ニアの叫び声に呼応し、ビルも咆哮を上げる。
「うぅぉおおおおおおお!」
聖力によって底上げされた身体能力の 全てを乗せたビルの横薙ぎの剣撃。 リリエラに防ぐ手立ては無かった。
「ぐぅぁあああっ!?」
先程の当て身と同じく、腹部への直撃。しかし、威力は先程の比ではない。 意識を飛ばさなかったことが奇跡のような一撃。痛みを超過して、もはや感覚が無い。 防護としての役割を持つ騎士服は紙切れのようにボロボロに破けている。
リリエラはボヤける意識の中、気づく。これは斬撃ではなく、打撃。 ビルは剣の刃ではなく、腹を叩きつけたのだった。
「がふっ……はぁ……はぁっ……」
形勢は一気に逆転。 今度は自分が地に伏せ、ビルが見下ろす形となった。
「どうして……どうして殺さないんスか……?」
「殺すわけないじゃん。当たり前だよ」
「普通……殺すのが当たり前なんスけど……」
「俺の目指す世界では殺さないのが当たり前なの」
「!」
なるほど。勝てないわけだ。
「リリエラさんだって、誰が作ったかも知れない当たり前に従う必要なんて無いよ」
「もうこれ以上魔族を殺したくないって?そんな虫の良いこと、今更言えるわけないでしょう……」
「どうして?」
「もう手遅れなんスよ。自分は魔族を何人も殺してきた。一人じゃない。本当に何人も数え切れないくらいに殺してきた。泣きながら命乞いをされても構わず斬った。斬って斬って斬りまくった。そんな自分が今更殺したくないなんて言えるわけないじゃないっスか……」
もしも、ビルの目指す人間と魔族が互いに幸せに暮らせる世界が来たとしても、血にまみれた自分に生きる場所は無い。
「言ってもいいよ。他の誰が許さなくても、魔王である俺が許すから」
「そんな……滅茶苦茶な……」
どうしてそんなことが言えるのか。
「それに、人間だって許してくれる。今まで人間のために傷つきながら、大きい業を背負いながら頑張ってきたんだから。それくらいの願いを聞き届けてもらってもいいはずだよ」
「!」
どうしてこれほどまでに都合の良い願いを受け入れてくれるのか。 どうしてそんな優しい笑顔を向けてくれるのか。
「ははっ……本当……魔王のくせにどうしてそんなに優しいんだか……」
気がつけば、涙が流れていた。 心を殺して抑えつけていた長年の苦しみが、溢れ出していく。
「本当は……殺したくなんてなかった……」
「うん……」
「皆が幸せに暮らしていくためにはああするしかないと思っていた……自分達勇者が業を背負うだけで皆が救われるならって……そう信じてきた」
「………………」
「でも、自分が想像していたよりも、背負った業は遥かに大きかった。泣き叫ぶ魔族を殺す度に、恨み言を口にしながら死んでいく魔族を見る度に……本当にこれでいいのかって……だけど、それは勇者が考えてはいけないことで……」
もう、自分でも自分が何を言っているのか分からなかった。頭も心もグチャグチャ。
「ねぇ、魔王さん……自分はこれからどう生きていけばいいんスかね……」
こんな漠然とした面倒な問いかけなど、ビルに答えてやる義理など無い。 しかし、ビルはリリエラに言う。
「リリエラさんが勇者である宿命からはこれから先も逃れられない。俺が魔王であることと同じように」
「………………」
分かっていた。残酷でも何でもない。純粋なる真実。
「だけど、その宿命とどう向き合うかはリリエラさんの自由だよ」
「え……?」
「……できれば、自分や誰かの幸せのために生きて欲しいとは思うけどね」
自分や誰かの幸せのために生きる。 なぜだか、その言葉はリリエラの心に深く吸い込まれていったのだった
「ニア」
「うん?」
ビルは近づいてきたニアの肩に手を回し、軽々と抱き上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。
「んにゃっ!?にゃにすんの!?」
「怪我してるでしょ?運んでいくよ」
「きゅぅっ……」
まるで絵本に出てくる王子様のように柔らかな優しいビルの微笑みに、ニアは顔を真っ赤にさせて身を縮こまらせる。
「………………」
何よりも微笑ましい光景に、リリエラは言葉を失う。
(幸せ……か)
目の前のビルとニアにぴったりな言葉だ。互いに深い信頼で結ばれ、笑顔で喜び合う。
それに引き換え、自分はどうだ。自分にあのような心からの笑顔を作ることなどできようか。無理に決まっている。
「まったく……かなわないっスね……」
自分にできないことを平然とやってのけてしまうビルに、リリエラは清々しい苦笑を漏らした。
「ほら。いつまでもイチャついてないで早く行ったらどうっスか?」
「ぬぇ!?べ、別にそういうつもりじゃ……」
「そ、そうよ!変なこと言うなし!」
「はいはい。そういうのいいっスから。不審に思った騎士が戻ってくるかもしれないっスよ」
「……そうだね。そろそろ行くよ」
ビルは今度こそリリエラに背を向け、聖力の光を纏って走り去っていく。 一人取り残されたリリエラは地面に寝転がる。
「ははっ……いってぇ……」
ビルに痛めつけられた腹を抑え、リリエラは自虐的に笑った。
「さて……これからどうするかな……」
漠然と自分に問いかけてみても、やはり答えなど返ってくるはずもなかった。
どうか続きもお願いします。




