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26死地

ニアの視点になります。

ニアには理解が追いつかなかった。

勇者の血筋の圧倒的な力を前に、できることなど何一つとして無かったはずだ。何もできないまま殺される運命だったはずなのだ。

だが、何がどういう経緯を辿ったのか、現在自分達は助かろうとしている。 何の力も持たないはずのビルが、主導権を握り、圧倒的強者であるはずのリリエラが後手に回り、苦々しい顔でビルの言葉に応じさせられている。

純粋な種としての力こそが全てとされる魔族の常識からは考えられない光景である。

あんなに臆病で弱虫のビルの顔が不思議と頼もしくニアの瞳に映る。


(まおーさま……)


ニアは今こそ確信した。ビルこそが新しき魔王に相応しいことを。 先代の魔王のように魔族としての力は皆無に等しいが、それに変わって魔族には無い新しい力がある。それが何なのかは分からないが、しかし事実としてその力がリリエラをねじ伏せたのだ。

この事実がニアの他の魔族の知るところとなれば、ビルの評価も覆るかもしれない。 そう考えたニアだったが、


「おいおい、これはさすがに想定外の結末だよビル。これじゃあ何のためにボクが動いたのか分からないじゃないか」


芝居掛かったナルシズムに満ちたセリフとともに現れた男。こんなウザい喋り方をするようなやつはただ一人。


「ナルさん!?なんで!?」


ナルだった。そして、特筆すべき点が一つ。


「あんた……なんで人間の姿に……!?」


頭にあった二本のツノ、鱗の浮かぶ大きな尻尾は元々そうであったかのように存在しない。ニアの変装とは訳が違う。


「あぁ、これ?魔法だよ、魔法」


言うと、ナルの身体が光に包まれ、やがて晴れると元の魔族の姿に戻る。


「魔族……!」


リリエラの表情に再び険しさが宿る。 しかし、そんなリリエラなどお構いなしにナルは話を続ける。


「ボクがここにいたのは君を見ていたからさ。ビル。ボクは君を深く知りたいのさ」


「……いつから?」


「ずっと。ずっとだよ。この都市に来てからずっと君を見ていた」


「それで、俺の何を知りたかったわけ?」


「君そのものをだよ」


ナルは至極当然のことのように言った。


「頭は切れる。それでいて柔軟な思考も持ち合わせている。問題に対するアプローチも適切。人の狙いを見通す優れた洞察力。死の危険と隣り合わせでも冷静な思考を失わない胆力。人間に劣らぬ駆け引きの力。どれを取っても想像以上だ」


だが、とナルは困ったように笑って言う。


「肝心の強さを見せてもらっていない。まさかこの境地をハッタリだけで乗り切るだなんて想像もしてなかったからね」


「ハッタリ……?」


スッとリリエラの射抜くような視線。


「その証拠にニア……君は伝達魔法なんて使えない。使えるというのならそこの騎士にやってみるといい」


「あんた……どういうつもり……!?」


ビルの創り出した奇跡の状況が音を立てて崩れ始める。 ナルはおかまいなしにリリエラに告げる。


「つまり、この二人が街へ偵察に来たという前提が崩れたわけだ。そうなるとこの二人が都市への襲撃に関わるための説明がつかなくなる」


「……つまりは襲撃の計画なんて初めからありはしなかったと?」


「ご名答。ついでに言えば、ミノやリアの潜伏場所を人間に漏らしたのもボクの仕業さ」


「「はぁ!?」」


裏切りを飄々と告白してみせるナルに、怒りよりも強烈な混乱に襲われる。


「連中は人間の恐ろしさをまるで分かっちゃいなかったからね。ここらでお灸をすえておく必要があったのさ」


「あんた……自分が何をしでかしたか分かってんの!?」


「ボクとしては感謝してほしいくらいなんだけどね」


肩をすくめて苦笑するナルに、ニアもビルも唖然とすることしかできない。


「そういうことで、襲撃の計画なんてのは君達の勝手な憶測。この二人は宝石の換金と物資の補給に来ただけ」


「……なるほど。して、自分にそれを教えてあなたに何の得があるんスか?」


「ビルを見逃す口実を潰すこと。君にはビルを成長させるための糧になってもらいたいのさ」


「糧っスか……ははっ」


ズバァアアチィイイイ!


「「!?」」


突如として発生した衝撃波に、ニアとビルは揃って吹き飛ばされた。

地面に転がったまま視線を上げてみれば、剣を抜いてナルに打ち下ろしているリリエラと、それを楽々と片手で受けているナルの姿があった。

リリエラの剣はギリギリと青白い火花を散らしてナルの腕と拮抗している。


「あんたを見逃してやる口実もこっちにはありゃしないっスよ」


「いい太刀筋だ。睨んだ通り、そこらの勇者の血筋とは比べ物にならない。『ブレイド』の名に連なるレベルだろうね。ビルの相手にしては申し分無い」


恐ろしい殺気を放つリリエラの太刀を涼しい顔で受けてみせるナル。 これではどちらが化物か分かったものではない。


「そろそろボクは失礼するよ。後は頑張ってくれ、ビル。これは餞別だ」


剣を受けているのは反対の手で、ナルは虚空の何かを掴む。 すると、ナルの手には一振りの剣が握られており、あろうことにその剣をビルの側に放り投げた。

剣の切っ先がバターに沈むように地面に突き刺さる。


「それじゃあ、ボクは失礼するよ」


「……!」


ナルの身体が変身を解いた時のように眩く輝くと、小さな爆発を巻き起こしてナルは姿を消した。 再び吹き飛ばされそうになるニアとビルは懸命に耐え、危機を察知したリリエラは瞬時に飛びのいて爆発の危機をやり過ごした。


「ちっ……腹立つ野郎っスね……」


ナルを追えないと判断したリリエラの視線が再び自分達に向けられる。


「さて、おにーさん。あの男が言ったこと……実際のところ、どうなんスか?」


「それは…………」


「……あの男の思惑通りに事が運ぶのは癪っスけど、どうやらおにーさん達を見逃す理由が無くなったみたいっスね」


「「!」」


リリエラは剣を向ける。 ギラリと鈍く輝く銀の刃がビルとニアを切断せんと鎌首をもたげる。


「ひっ!?」


万策尽きたビルに抗うだけの力は残されていなかった。 腰を抜かした身体で必死に後ずさり、死の運命から逃れようともがく。

ビルはもうダメだ。この場で動けるのはもう自分しかいない。 覚悟を決めろ……!

右手でリリエラに照準を合わせ、


「っ!『炎よ踊れ!』」


呪文を合図に放たれる火炎放射がリリエラを焼き尽くさんと殺到する。


「っと」


まるで飛んできた羽虫を追い払うような軽い調子で振るわれたリリエラの剣は、ニアの炎を容易くかき消してしまう。 やはり、自分の力はリリエラに遠く及ばない。 だが、ニアの覚悟は決してブレない。


「しっかりしろぉおお!」


「……ニア?」


「こいつはあたしが足止めする。その隙にあんたは逃げて」


「はぁ!?何言ってんの!?」


「……へぇ?」


自殺行為?そんなことは承知の上だ。 だが、タダで死んでやるつもりは毛頭無い。 ニアは自分の命の使い道を理解したのだ。


「あんたを最初見た時は本当にガッカリしたわ。マザコンだし、すぐ泣きそうになるし、弱々のダメダメ。ただのクズだと思った」


こんな男が魔王の息子であってたまるか。そんな現実をニアは絶対に認めるつもりなどなかった。


「だけど、あんたはそれだけじゃなかった。右も左も分からないはずの世界に器用に対応してみせた。商人との交渉だって、ねーさまの何倍もの値段で宝石を買い取らせてみせたり、何倍もの安い値段で物資を買い取ってみせたり。そして、今だってこんなにも恐ろしい騎士を相手に立ち向かって、あいつの邪魔がなければ助かっていたかもしれない状況まで運んでみせた。他の誰にもできない……あんたにしかできなかったこと。あんたさ、実は凄いやつだったのかもね?」


「ニア……?」


「これから先、皆の未来にはあんたっていう存在が必要不可欠になる。だから……こんなところで終わりにはさせない……!このあたしの命に代えても、あんただけは逃がしてみせる!」


それこそが、自分に課せられたこの上ない使命。もしかすると、ビルの命を繋ぐために自分は生まれてきたのかもしれない。この時だけは素直にそう思うことができた。


「ダメだよ!一緒に逃げようよ!?」


「あんたは自分が助かることだけ考えるの。お願い。あたしの最後のお願い」


「無理だよぉお!そんなこと言わないでよぉ!うわぁあん!」


少し頼りになるところがあると思ったらこれだ。 だが、今となっては泣きじゃくるビルの優しさが愛しく思える。

この男のためならば、死ぬことだって怖くない。 この男のためならば、自分は笑って死んでいける。


「ねーさまのこと……皆のこと頼んだわよ」


ニアは改めて強大な敵に向き直る。


「ありがと。待たせたわね」


「………………これから自分を殺そうって相手にお礼っスか?」


「……おかげであのバカに伝えられることは全部伝えられたから」


「ちっ…………」


後はビルが逃げるための時間を作るだけだ。少しでも長く、少しでも遠くへ逃げられるように。


「魔族の意地を見せてやる……!」


己の全ての力を込めて地を踏みしめ、全身のバネを爆発させてニアはリリエラに飛びかかる。

一瞬にして消える間合い。ニアの全身全霊を乗せた拳は容易くリリエラに受け止められる。


「そんなやり方じゃ時間なんて稼げないっスよ」


そう忠告が聞こえたと同時に、腹部に爆発的な衝撃が襲いかかる。


「ガハッ!?」


肺から強制的に吐き出される酸素。ひっくり返る天地。全身に叩きつけられる衝撃。薄れる意識。


「猪突猛進以外のやり方を知らない……魔族ってのはつくづく馬鹿ばっかりっスね」


「うぅ……」


これで終わり……?命を投げ出してまで抗った結果がこれだけ……?

霞む視界にはビルが涙を流して愕然するばかりで、少しも逃げられちゃいない。

リリエラは剣を抜き、ニアの命を摘み取る準備にかかる。


「これが自分の役目……恨むならどうぞご自由に」


感情の無いリリエラの瞳が、死の刃を振り下ろした。

続きもお願いします。

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