25再会
見てくださってありがとうございます。
「ちっ……撃て!」
エレノアの顔に、今度こそ焦りの色が浮かぶ。
部下達が湖に向かって発砲を続けるが、成果は芳しくない。 水の中にもぐられてはロクに狙いなどつけられない上に、水によって銃弾の弾道が逸れてしまう。 数を撃って当てることに賭けるしか無かった。
「ちっ……!」
完全に想定外だった。 まさか魔族にこちらの作戦を完全に見破られるなどと誰が想像できようか。
魔族の女に頭の悪いと馬鹿にされたエレノアだったが、エレノアはその言葉を本気で受け止めなくてはいけない。 先の大戦で魔族が人間を侮っていたように、こちらも魔族を侮っていた。 そして、想定外のことがもう一つ。
「貴様……人間でありながらなぜ魔族に味方をする!?」
「人間だの魔族だの知ったことか。私は私の護りたいものを護る」
「ちっ……!」
このカムロという女が厄介だった。 膂力ではミノの方が上だが、カムロの動きの速さはミノを遥かに上回る。 それでも、エレノアが十分に対応できる速さなのだが、
「ふっ!」
キン!
「ちっ……」
まただ。完全に捉えたと思ったら極細の鋼線によって剣筋を逸らされる。
このカムロ、戦いが相当に巧い。
練度というものがあれば、エレノアの一回りも二回りも上を行く。 それでもエレノアが倒されることなどありえないが、時間稼ぎという役目を全うしようとされるとこの上無く厄介な相手だった。 そして、
「モォオオウ!」
「……!」
ミノ・モンターギュの存在。
カムロもミノも単体ではエレノアの脅威には足らないが、立ち回りの巧みなカムロと合わさると非常に面倒だった。
気がつけば、魔族の残党が泳いでいた湖の飛沫は遥か遠く、見えなくなってしまっていた。
もう魔族の残党を殲滅するのは不可能。エレノア達は作戦の変更を余儀無くされる。
「こうなればおまえとミノ・モンターギュだけでも始末しておかなくてはな」
「……残念ながら勝負は終わりだ」
「なに……?」
どういうことかと問う前に、カムロはパチンと指を弾く。それを合図に、
「「「「うわぁああ!?」」」」
「!?」
突然、部下達が一斉に宙に浮かび上がり、磔にされたように身動きを封じられる。
「私がおとなしく時間を稼いでるだけだと思ったか?残念だったな」
「貴様っ!」
「武器を捨てろ。奴らの首には鋼線が巻きつけてある。そのまま首を落とすのはたやすい」
「くっ……!」
最悪だ。部下を人質に取られるとは。
「団長!俺に構わず戦ってください!こんな卑劣なやつらに良いようにされてたまるかぁあ!」
「そうです!僕達に構う必要はありません!団長!戦ってください!」
戦いを望む者。
「待って!?落ち着きましょう!?さすがにこんなところで私も死にたくないっていうか……」
「死にたくないです!団長助けて!」
恥と外聞を捨ててまで命を請う者。
「ふざけるなぁ!おまえらそれでも騎士かぁ!?」
「死ぬならあんたらだけで死になさいよね!私は嫌だから!」
「なっ!?おまえというやつは……!団長聞きましたか!?」
いつの間にか磔にされながら小競り合いをするというシュールな光景が繰り広げられていた。
「はぁ……」
エレノアは溜息をついて、そして剣を投げ捨てた。
「どうやら私の負けらしい。どうすれば部下の命を助けてくれる?」
「見くびってくれるな。これが最後の忠告だ。武器を捨てろ」
「…………お見通しというわけか」
エレノアは仕方なく靴を脱ぐ。 この靴には両手が封じられた時のための暗器が仕込んであったのだが、カムロはそれを見破っていた。 今度こそ完敗だ。
「ミノ。この場は私に任せろ。先に行った皆を頼む」
「はっ!お任せモ!」
ミノは湖に飛び込み、巨大な水飛沫を上げて去っていった。
「……さて」
残されたカムロは両腕を上げると、部下達の拘束が解けた。
解けた鋼線はカムロの腕に巻きつけられていき、やがて籠手のような形になる。
「「「「!?」」」」
あまりにもあっさりと解放されたことに、エレノアを含めた全員が困惑した。
「……どういうつもりだ?」
「少し二人で話したい。それが人質を解放する条件だ」
「……私がそれを律儀に守るとでも?」
人質が解放されたのだ。こちらがカムロの言葉に従う理由は無い。だというのに、
「……守ってくれる。私の知っているあなたなら」
「……?」
そう口にしたカムロの声はこれまでとは別人のように穏やかで、鋭く張り詰めていた目元からは力が抜けて緩やかになっている。
「…………撤退だ。私は少しこの場に残ることにする」
「「「「!?」」」」
「皆、此度のことはすまなかった。全ては私の力不足と甘さが招いたこと。責は甘んじて受けよう」
「そんな……団長のせいではありません!」
「そうですよ!」
「……すまない。別働隊と合流して屯所に戻り、報告を頼む。こちらの作戦は私の失態により失敗したと」
「……っ!行くぞ!おまえら!」
「「「「……っ!」」」」
部下達は何かを言いたそうにしながらもエレノアの指示に従い撤退していく。 この場に残ったのはエレノアとカムロの二人だけ。
「随分と部下に慕われているのですね、エレノア」
「………………」
分からない。突然のカムロの変化。そこには敵愾心というものが一切感じられず、また、エレノアの中にも不思議とそういったものが失せてしまう。 そして、カムロの自分のことを知っているかのような口振り。
「おまえは一体……?」
「……まだ思い出せませんか?」
カムロは顔の下半分を隠していたスカーフを取ってみせる。 そうしてあらわになったカムロの姿を目の当たりにし、エレノアの昔の記憶が一気に覚醒する。
「ゆ、ユリ姫様ぁあ!?」
「ふふっ、大きくなりましたね。エレノア」
そう言ってイタズラっぽく笑ってみせるカムロ……ユリはかつての記憶にあった姿と寸分も変わらなかった。
ユリ・テングウジ。魔王によって滅ぼされた亡国ヒノの第一王女だ。
マルガリアは大戦を経て帝国へとなり変わったわけだが、その前はヒノの中にある小さな村に過ぎなかった。
ユリは王族という立場上、勇者の血筋を多く擁するマルガリアの村を度々訪問する機会があり、その際にエレノアとも交流があったのだが、
「魔王に殺されたのではなかったのですか……!?」
「確かに私は魔王暗殺の命を受け、失敗しましたが……いろいろあって魔王と秘密裏に結婚することになってしまいまして……」
「はぁあああ!?」
衝撃の事実だった。それならば魔族の味方をしていたことにも納得できるが、
「なぜですか!?ユリ様ともあろうお方が!?」
「……口で言っても納得はしてくれないと思いますが、フェルズ様は素敵なお方でした。誰よりも優しくて、そして誰よりも私を大事にしてくれていました。私はフェルズ様と一緒になれて幸せでした」
「魔王が……優しい……!?」
ユリは「まだ理解はできないでしょうね」と苦笑して続ける。
「……確かに魔族は数えきれない悪業を働いてきました。ですが、それだけじゃない。それはあなたにも分かるでしょう?」
「それは……」
分かっている。魔族にも良い者がいることくらい。 しかし、エレノアは、人間はそれを認めるわけにはいかない立場なのだ。
「……失言でしたね。とにかく、我々は人間に害を為すつもりはありません。それだけは分かってください」
「……それは此度の件も含めてですか?」
「まぁ、元魔王軍幹部が見つかったのだから様々な憶測が飛ぶのは仕方ないことではありますが……誓って、誰かに害を為す予定は一切ありません」
「…………魔族はそこにあるだけで混乱を招き、人間に害を為す。あなたがどんなつもりであろうとも」
「それが世界の仕組み……ですか」
「そういうことです」
教科書通りの受け答え。誰もが口にする一般論。エレノアから出てきた言葉はそれだけだった。
「それは誰が作った仕組みで誰にとって都合の良い仕組みなのでしょうか?」
「……人間の傲慢だと?」
ユリはエレノアの言葉を苦笑し、否定してくる。
「もっと言えば、どうして魔族と人間の対立が急激に深まったのか、大戦を経て何が変化したか、誰が一番得をしたのか……今の世界が誰にとって都合の良い世界なのか……考えてみることです」
「……ユリ様……あなたは何を知っているのですか?」
「それはここで答えることではなく、あなたが辿り着かなくてはいけないことです」
「………………」
「エレノア。足をすくわれないように注意しなさい」
「……魔族に……ですか?」
「いいえ……人間です」
「……!」
「身近であればあるほど、人は意外と目が向かないものです。だからこそ、足をすくわれる。あなたが踏みしめている世界はあなたが思っているほど盤石ではないのかもしれません」
「………………」
ユリの言葉に心当たりが無いわけではない。しかし、心当たりはあっても根拠が無い。
「……久々の再会がこのような形になってごめんなさいね、エレノア」
「全くです。おかげで事態を何一つ飲み込めやしない……」
ユリは敵となってしまったのか。だとしたら自分はどうするべきなのか。かつての王女に刃を向ける?できるのか?だが、ユリを殺してどうなる?本当の敵はどこにいる?何か、ユリに聞くべきことがあるのではないか?
「ユリ様……あなたは……」
「……?」
「あなたは……人間を嫌いになったのですか?」
「……全ての人間を嫌っているわけではありません。ですが、全ての人間を愛しているわけでもありません。それは魔族が相手でも同じこと」
「………………」
「ですが、エレノア。あなたの顔を久々に目にすることができて、私は嬉かったです」
「……できればこのような形で再会は勘弁してほしかったですが……」
ユリは苦笑し、エレノアに同意してくる。
「……元気にしていましたか?」
「……はい」
「仕事で無理はしていませんか?」
「……はい」
「クスッ、本当でしょうか?根を詰めすぎだと部下達から言われたりしているのではないですか?」
「それは……」
「ふふっ、やっぱり。ダメですよ?休める時はしっかり休まないと」
「くっ……分かってます」
立場を忘れての会話はそこまで。エレノアには問うべきことが残っている。
「ユリ様……最後にお聞かせください。あなたは魔族を連れて何を成そうとしておられるのですか?」
「……そうですね。私が望むのはただ一つ。人間も魔族も互いに脅かされることなく、互いに笑って暮らせる世界」
「…………正気ですか?」
「正気を捨ててでも目指すだけの価値はある。そうは思いませんか?」
「……止めても無駄なようですね」
「ええ。むしろ、あなたも一緒にどうですか?」
「……ご冗談を。此度はユリ様に免じて見逃すつもりですが、いつまでもそういうわけにもまいりません。あなたがどういうつもりであろうとも魔族はその存在だけで人間社会に波風を立てる。いずれは私の手でその波風を止ませなくてはならない時が来るかもしれません」
「……まぁ、そうなる覚悟は出来ています」
「………………」
そうなる覚悟……包み隠さず表すと、つまりは人間の手によって殺されることも承知しているということ。 その覚悟が、エレノアとユリを大きく分かつ一線であることをエレノアは理解した。 そして、かつて姫様と呼び慕い、崇拝していたあの頃のような関係性に戻れないことも。
「元より、魔王の暗殺という役目を与えられた時点で死んでいなければならなかった身です。それがフェルズ様に命を拾われ、新しい人生を与えられ、愛しい殿方と愛を育み……私は数え切れないくらいの幸せを得られました。これ以上、私の人生に望むことなどありません」
「……姫様……」
「だからこそ、あの方が大事にしていた者達を護りたい。あの方が夢見た新しい世界を創り、あの方が夢見た新しい未来を紡いでいきたい。そのためならば、私の命など惜しくはありません」
「……!」
だが、一つだけは変わらない。かつて姫様と呼び、慕い、崇拝していたあの頃とまるで変わらず、誰よりも気高い意志がある。 その気高さに立場を忘れて跪きそうになるエレノア。 自分の役目を放棄することは絶対にありえない。そう思う一方で、無責任にもユリの願いが叶うことを願ってしまった。
「……これ以上あなたといると自分がおかしくなっていく。ユリ様、私はこれで失礼致します」
「……そうですか」
「……願くは、敵同士で相見えないことを」
「……私はいつでも待っていますから」
「……失礼」
もうこれ以上話すことはない。
自ら死地へ進んでいくユリを放っておくことにかつての自分が叫び声をあげるが、エレノアはその声に耳を貸すことなく、ユリを振り返ることなくこの場を去っていくのだった。
続きもお願いします。




