15宿敵×初恋
ここから少しずつ話に変化が出てきます。
要塞都市ボズは商業区、居住区、騎士隊の屯所がある駐屯区、教会地区の四つに分けられる。
騎士隊の存在意義は主に魔族の討伐とされているが、現在は魔族の数が極端に減ってしまったため、街の治安維持が主な仕事になっている。
ボズの街は騎士隊の細やかな見回りのおかげもあって治安は良い。何か揉め事が生じた時の対応の早さも街の者達の評判だ。
エレノアはボズの騎士団を率いる団長という立場でありながら、街の見回りは毎日欠かさずに行っている。 今日も今日とて一人で見回りに勤しんでいるのだが、
「ひぃっ!?」
エレノアは無愛想と強面が災いし、街の多くの者からは主に畏怖の対象として見られている。
人でいっぱいの道も、エレノアの進行方向だけはポッカリと穴が空いており、エレノアが進むと人垣が避けるようにしてまた新たな空洞を生むのだった。
「す、すみません!」
人々の怯えた目。
「オギャー!オギャー!ビエーン!」
泣き出す赤子。
「ひっく……うぇーん!えーん!」
泣き出す少年。
「いゃぁあ!やぁああ!えーん!」
泣き出す幼女。
(随分と嫌われたものだ……)
もう慣れた光景だった。今更何かを思うこともないと思っていたエレノアだったが、脳裏に昨晩のリリエラとのやり取りがよぎる。
『団長はいつまで戦争やってんスか?』
改めて、エレノアは自分に向けられる視線を眺めてみる。
(リリエラの言うことも存外馬鹿にできないものだ……)
街はどこまでも平和だ。だが、エレノアだけが明らかに浮いている。エレノアだけが場違いで、エレノアだけが平和を受け入れられずにいる。
だが、それでいいとエレノアは思う。
自分は平和を享受する側の存在ではないし、享受することを勇者の業が許さない。
自分はどこまでも戦うことしかできない人間。戦って平和をもたらし、戦って平和を守る。そんな矛盾めいた生き方こそ、勇者の血筋たるエレノアの生き方なのだ。
これまでも、そしてこれからも。恐らくは死ぬまで続いていく。
もしも違った生き方が許されるなら……
(恋……か)
エレノアは少し想像してみて、頭に何も浮かんでこないことが分かると余計な思考を打ち切った。
気を取り直してエレノアは街の様子に注意を向ける。すると、
「……?」
大通りから細い路地に繋がる一画にエレノアは違和感を覚える。
街の喧騒とは色の異なるわずかな怒声。
道行く人が気づかないまま通り過ぎていく中、エレノアは迷わずに歩みを進める。
細い路地を進み、街の喧騒が小さくなっていくのと反比例して、怒声の方がはっきりと聞こえるようになる。 間違いない。揉め事だ。
「だぁかぁらぁ、ごめんなさいじゃねぇんだよ!」
「出すもんさっさと出せって言ってんの!舐めてっと殺すぞ!?」
「わぁああ!ごめんなさいごめんなさい!」
見れば、大柄な男三人が一人の少年を壁に追い詰め、取り囲んでいた。
「おい」
「あぁ?」
「んだよ?」
「?」
振り向いて見えた男三人の顔は見るからにチンピラといった感じで、囲まれている少年とどちらが悪者であるかは一目瞭然だった。
とはいえ、一応状況を確かめないわけにもいかない。のだが、
「って、うぉ!?」
「騎士!?」
「ヤベェ……」
チンピラ三人は揃って『しまった』と後ろめたい表情を浮かべ、
「まだ何も悪いことやってないんで!さいなら!」
「未遂なんで失礼しやす!」
「わあ!置いてかないでくれよ!」
三人のチンピラはチンピラめいた捨て台詞を残し、脱兎の如く逃げ出した。
「やれやれ……」
あの程度の小物ならば焦って追うまでもない。それよりも絡まれていた少年の無事を確認するのが先だ。
エレノアは地面にへたれこんでいる少年に声をかける。
「大丈…………!?」
否、声をかけようとして、少年の全容をはっきりと目の当たりにしたことにより、エレノアの心臓に言葉を失うほどの衝撃が走った。
男にしては小さめの体躯。頼りなく揺れる潤んだ大きな瞳は縋るようにエレノアに向けられている。
雨の中捨てられた子犬のように、少年はエレノアの庇護欲を激しく刺激した。
(か……かわいい……!)
エレノアの心はこれまでの人生で経験したことのないくらいにかき乱されている。結果、思考回路がフリーズし、場に沈黙が流れる。
「えっと……?」
少年は怪訝に思ったようで、困惑し始める。
さすがに何かを言わなくてはいけない。
「け、怪我は無いか……?」
エレノアの震える口元から紡がれたのは、気の利かない当たり前の言葉。
少年はポカンと目を見開き、やがてエレノアが少年を助けたことを理解すると、はにかむように笑った。
「……助けてくれてありがとう。おねえさん」
ズッキューン!
「はうっ!?」
エレノアは銃で撃ち抜かれたように胸を押さえて膝をついた。
(おねえさん……だと……!?)
脳髄をとろけさせるほどの甘美なる囁きが、エレノアの頭に繰り返しリフレインする。
「えっと……俺もう行くね?」
立ち直った少年は踵を返し、
「ま、待って!」
気がつけばエレノアは叫んでいた。
話題。この場を繋ぐための話題。エレノアは役に立たなくなった頭を必死に働かせる。
「しゅ、趣味は?」
「趣味……?」
「ち、ちがっ、そうじゃなくて!」
「……?」
エレノアは深呼吸をしてから改めて会話に臨む。
「どうして絡まれていたんだ?」
「えっと……宝石を換金できる場所を探してたんだけど、さっきの人達に目をつけられちゃって……」
「そうか……何か盗られたりはしていないか?」
「大丈夫。おねえさんのおかげ」
「うっ……!」
何とか制御できそうだった胸の動悸は、少年の可愛らしい笑顔で激しさを増す。
「あの……大丈夫?さっきから苦しそう……顔も真っ赤だし……」
「だ、大丈夫だ……」
本当は大丈夫ではない。今までに経験したことのない未知なる感覚。甘い胸の苦しみはエレノアの制御を無視して大きく膨れ上がる一方だった。
「えっと……」
少年の視線の焦点がエレノアから外れる。見え隠れする別れの気配。
『行かないで』
エレノアのちぐはぐな思考回路が、その時ばかりはその一言で埋め尽くされた。
「宝石を換金するのだったか。目ぼしい店は見つかったのか?」
別れを先延ばしにと願った言葉を真っ赤に染まった顔で精一杯の平静を装って紡ぐエレノア。
エレノアの問いかける視線に少年は頼りなく苦笑して答える。
「それが、全く。店はいくつか見つかったんだけど、どこもまともな値段で買い取ってくれないというか……安く 騙し取ってやろうって魂胆が見え見えで……」
「そうなのか……」
確かに、一見するとこの少年は疑うことを知らなそうで、店の者も少年を御し易いと思うことだろう。
よくぞ店の企みを見破ることができたものだとエレノアは少年に感心する。
「あの……なんで撫でるの……?」
「……はっ!?」
気がつけばエレノアの手は少年の頭をなでなでしていた。
「す、すまないっ!」
火傷したように慌てて手を引っ込めるエレノア。 まずい。変な女だと思われたかもしれない。
「あの……イヤだったか……?」
「別にイヤってわけじゃ……ちょっとびっくりしちゃっただけで……」
「そうか……」
セーフ。まるで九死に一生を得た時のように深く息をつくエレノア。
「それより、宝石を買い取って欲しいのだったな。もし良かったら、私が協力しようか?」
「え!?」
「私はこれでも街の人間には顔が利く。私から安く買い叩こうとする人間はいないはずだ」
「申し出はありがたいけど……」
少年の瞳がジッとエレノアを見つめる。やがて、
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「え……?」
少年はあっさりとエレノアを信じた。
「い、いいのか……?君は立て続けに騙されそうになったのだろう?そんなに簡単に信じていいのか?」
出会ったばかりの他人に高価な物を預けるなど、到底できることではない。 エレノアの頭に残った冷静な部分が少年の信頼に待ったをかける。
「おねえさんだから簡単に信じられるんだよ」
「ぐはっ!」
無垢な笑顔がエレノアの胸をえぐった。
(だ、ダメだ……!可愛すぎるっ……!)
かつてこの様に人懐っこく笑みを向けられた経験の無いエレノアにとって、少年の可愛さは劇薬に等しかった。 人格が変貌してしまうくらいに。
「おねえさん……できれば高く買い取ってくれるようにお願いしたいんだけど……」
「おねえさんにまかせろ!こう見えて交渉はお手の物だからな!」
「おぉ!頼もしい!」
「ふふっ」
エレノアを知る者が目にしたら衝撃で卒倒しそうなくらいの甘い笑顔で、エレノアは少年に笑いかける。 これが、エレノア・ブレイドと少年ビル・スターンの出会い。
魔王を殺した勇者の娘と、勇者を殺した魔王の息子の出会いである。
互いの父親が互いの父親の仇であることも知らずに、二人はどこまでも無邪気に笑い合うのだった。
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