最終話 アレックスとサムソニア 中編
一週間後、魔獣の調査結果がギルドからもたらされた。
「…ヒュドラが2頭、ケルベロスが3頭、あとはワイバーンが1頭か」
予想を遥かに上回る最上位魔獣の数に集められた領主を始め、冒険者達も声を失っていた。
「…ヒュドラとケルベロスが合わせて2、3頭と思っていたのだがな」
グランツも魔獣の多さに顔色は冴えない。
「やはり無理だ、作戦は中止にしよう」
マルセの言葉に居合わせた冒険者達も頷くが、二人の冒険者は首を縦に振らなかった。
「よくここまで調べられましたね」
「素晴らしいです」
アレックスとサムソンは感心した様子で報告書を見ていた。
「冒険者とギルドの職員が命がけで調べたのだ…3人の命と引き換えにしてな」
「そうですか、無駄には出来ませんね」
アレックスの目には諦めはない、むしろさらなる強い決意を感じさせた。
「しかしワイバーンまで居るのだぞ?
奴は空を飛ぶ魔獣ではないか」
「そりゃドラゴンの仲間ですからね」
サムソンはマルセの言葉を軽く受け流す。
決して侮ってはいない、たが絶望の空気をこれ以上出させては不味いと考えたからこそであった。
「どうやってワイバーンを倒す?
空を飛ぶ前に仕留めるには数十人では無理だし」
グランツの質問は尤である。
相手は空を飛ぶ、その高さは到底弓矢の届く高さでは無い。
だから地上で倒すのだが、一気に決めねばならない。
しかし今は冒険者の数が圧倒的に不足していた。
「ドラゴンよりは簡単ですよ」
「アレックス…」
「ワイバーンはドラゴンの亜種ですから
皮はドラゴンより薄いですし、俊敏性も劣ります」
「一気に間合いを詰めて、剣を首筋に叩き込めれば倒せるでしょう」
「そうか…」
二人の言葉に縋るしかない状況、僅かな望みに皆の気持ちは固まって行く。
「決行は3日後だ、他の冒険者達には私から伝えよう」
グランツは静かに立ち上がり、会議は終了した。
「サムソンさん!」
「カルツか」
領主の屋鋪を出るサムソンをカルツが呼び止める。
彼女とサムソンの交流はずっと続いており、気安く呼び合う仲になっていた。
アレックスはサムソンに目配せをして、その場を離れる。
「話し合いはどうでした?」
「決まったよ、3日後だ」
「そうですか…」
カルツはうんうんと頷く、悲壮感はあまり無い。
「カルツも参加を?」
「私も冒険者の端くれですから」
「無理はするな」
「しますよ、正念場ですから」
明るく笑うカルツ。
彼女が所属していたパーティは既にルネを離れ、カルツだけ街に残った。
『大好きな街のみんなを残して行けませんよ、お父さんとお母さんのお墓もあるし』
先日、カルツはサムソンに言った。
その顔は笑顔であったが、目は涙で滲んでいた。
「死なせはしない」
「ええ、またデザートを食べたいですから」
「私もだ」
行きつけのレストランは既に閉店してしまっている。
材料が手に入らなくなったのだ。
「サムソンさん、心残りはありますか?」
「…心残り?」
カルツの真意をサムソンは理解できない。
「サムソンさんって、女の子でしょ?」
「…な、何を…私みた…俺みたいな女が居るか」
必死で否定をするサムソンの手をカルツが握った。
「もう…ずっと前に気づいてました」
「まさか…」
「甘いものを食べる時の幸せな顔、女性の服を見ている笑顔。
気を抜くと直ぐ言葉が女の子に変わっちゃうとこも。
なによりアレックス様を見る目は恋する女の子ですよ」
「…油断した…かな」
口ひげを剥がしながら、カルツに微笑む顔はサムソニアになっていた。
無言のまま、二人は頷く。
「カルツ、頼みがあるの」
「私に出来る事なら…」
その日、遅くまで二人は街を歩き回るのだった。
いよいよ戦いの朝を迎えた。
アレックスは最終の打ち合わせの為、前日からギルドに泊まり、サムソンの到着を待っていた。
「アレックス!」
建物に向かいアレックスを呼ぶ声はいつもと違っていた。
明るく響く、サムソニアの地声だ。
「誰だろ?」
「知ってる?」
「いや知らないねえ…」
ギルドの建物に向かい、微笑む女。
その圧倒的な美しさ、周りに居た人々は息を飲んだ。
「サムソニア…」
「おはようアレックス」
サムソニアの姿にアレックスの頭が追いつかない。
美しく化粧を施され、着ている冒険服も女性用。
いつもは無造作に束ねている髪は、丁寧に櫛を入れられたので、キラキラと輝いていた。
「…一体どうして?」
「カルツが街のみんなに、この服も店に特別でお願いしてくれたの」
「…そうだったのか]
サムソニアから離れた場所に立ち、後ろで笑うカルツ。
顔の広いカルツだから出来た奇跡だった。
「おい、まさかサムソンか?」
「嘘だろ?女だったのか」
後から現れた冒険者達も言葉を失っていた。
ギルドの打ち合わせを終えると、サムソニアはいつもの鎧を装着し、愛用の大剣を携えた。
「行くか」
「ええ!」
サムソニアの笑顔が弾けた。