最終話 アレックスとサムソニア 前編
ルネの街は未曾有の危機に瀕していた。
魔獣達が突然凶暴化を始めたのだ。
もとより街の付近に出る魔獣は凶暴で危険な存在であったが、更に凶悪化した魔獣は街の城壁を越えるようになり、侵入した魔獣に冒険者だけでなく、街に暮らす一般の人々まで襲われる事態が起きた。
街の危機に領主は衛兵だけでは足りないと、冒険者達を募り、自警団を強化したが、止まぬ被害に商人達一部の住民は次々ルネを逃げ出した。
その影響で、物資の流通は滞り、街は孤立しつつあった。
領主は残った商人に物資の緊急輸送を依頼する一方、王都に魔獣を退治する為、王国兵の派兵を要請したのだった。
「キャラバンが戻ってきたぞ!」
ルネの街に歓声が上がる。
十数人の護衛に守られた数台の馬車が連なり、城門を入って来た。
馬車を護衛するのはルネの冒険者ギルド長、グランツが率いる冒険者有志達。
凶暴化した魔獣に襲われながらの運搬に、皆は傷ついており、その中には比較的軽傷のアレックスとサムソンの姿もあった。
「御苦労だった」
「ありがとうございます。
なんとか無事に物資を到着させる事が出来ました」
ルネの領主マルセにグランツは頭を下げる。
彼等は一週間を掛け、魔獣と戦いながら、近隣の街から食料や医薬品を運びこんだ。
「マルセ様、王都からの援軍は?」
「残念ながら、そちらで対応せよとの回答だったよ」
領主の屋鋪に集まった有力者を前に悔しそうな表情をするマルセ。
王都に要請した援軍だったが、早馬で返って来た書状には兵や冒険者を出す事は出来ないと書かれていた。
「…やはりドラゴン討伐の影響か」
「それしかありますまい」
現在王国に援軍を派遣する余裕はない。
それは王国が幾度も繰り返して来たドラゴン討伐で著しく兵や冒険者を失ってしまったからであった。
「…ここで食い止めないと、近隣の街にも魔獣の被害が出てしまうというのに」
「そうですな、既に一部の魔獣によって王国だけでなく、隣国にも同様の被害が起き始めております」
「早くなんとかしなくては、王国だけの問題では済まされなくなる」
二人は沈痛な顔で俯いた。
ドラゴン討伐に無駄な兵を使い続けたばかりに、迎えた危機。
王都の近くにドラゴンが居ては気が休まらないと安易に討伐を考えてしまったツケが回って来たのだ。
「…街を捨てるしかないのか」
「しかしどこに逃げれば良いのです?
街にはまだ二万人を超える住民が居るのですよ?」
「…そんな事は分かっておる」
マルセは呻きに近い声で呟く。
二万人を一斉に移動させる事は不可能。
住人の中には赤子や老人も多数おり、ルネの街にある馬車に乗せきれる数ではない。
いつ襲って来るかも分からぬ魔獣、戦えない街の住人に多大な被害が発生するのは明白だった。
「魔獣の沈静化を待つしかない…か」
「それまで街が耐えられればいいのですが」
「うむ…」
過去に魔獣が凶暴化した事例はある。
いつか沈静化する事も分かっていた。
それを早める方法も…
「…我々だけで最上位種の魔獣を倒すしかないですね」
それまで無言でギルド長の後ろに立っていたアレックスがポツリと呟いた。
魔獣の凶暴化は最上位魔獣の狂乱が引き起こす。
それら最上位種を排除すれば、他の魔獣達は沈静化する。
「無茶だ…最上位種の魔獣を討伐させるとなれば、数十人規模の討伐隊を組まねばならないんだぞ」
「それに最上位種の数や種類も分からないのだ」
「しかし他に手がありますか?」
「…それはそうだが」
ここで打って出る事は、ある意味博打のような物。
失敗すれば貴重な戦力である冒険者を数多く失う事になる。
そうなれば住人の避難どころではない。
「私はアレックスの意見に賛成です。
このままなら、我々は遅かれ干上がって死ぬか、魔獣に殺されるかです」
「サムソン…貴様までも」
アレックスの隣に居たサムソンも続く。
静かな目をしたサムソン、その目に強い決意が秘められていた。
「…勝てるのかアレックス?」
「殲滅は無理です。
しかし最上位種の数を減らせれば、一定の沈静化がはかれましょう」
「…それならば」
「後は残された冒険者に任せます」
二人の悲壮な決意。
アレックスとサムソンが尖兵になり最上位種と戦う。
死兵となり、魔獣に戦いを挑むのだ、生き残る事は期待出来ない。
「…分かった、頼むぞ」
「ギルド長、貴方は正気か!?」
領主がギルド長の言葉に噛みつく。
ここで最大戦力の二人を失えば、ルネの損失は計り知れないのだ。
「マルセ様、最早時間がありません。
ギルドとして私達は二人に託すしかないのです」
「…そうか」
マルセはそれ以上言葉が続かなかった。
「先ずは最上位種の数の調査を、それと薬や装備の手配もお願いします」
「分かった、ギルドを挙げて協力しよう。
準備が整うまで二人は待機してくれ」
こうして方針が決まり、話し合いは終わった。
領主の屋鋪を出たアレックスとサムソンは暮らしている自宅に戻り、見つめ合う。
覚悟は出来ているが、やはり心残りはあった。
「…サムソニア」
「良いのよ、私もこのルネが好きだから」
「そうか…」
静かに笑い合う。
お互い心の中で思う事が全て分かるのだ。
「ここに来なかったら、ずっと昔に私は死んでいたでしょう。
絶望に心を蝕まれてね…」
「俺もだな」
心に深い絶望を抱え、流れ着いた二人。
だが二人は救われたのだ。
二人は出会い、生きる意味を目標を持ち、街の仲間に必要とされる事によって…
「…戻してやりたかった」
「それは帰って来てのお楽しみよ」
「そうだな、報酬をきっちり頂いたら、今度は手が届くかな」
「楽しみね」
二人の笑い声はしばらく続いた。