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閑話 パエデリアは…

久しぶりの閑話!

 このルネに流れ着いて一ヶ月。


 半年前、王都からここまで来るのに結構な金を使ってしまったので、残った金では街外れで小さな冒険者向けの雑貨店しか借りられなかった。

 これでも王都じゃ大通りに立派な店を構えバリバリやっていたのにね。


 [人の裏切りに、心が酷い傷を負った]


 そう設定し辺境の街、ルネに流れ着いた。

 その設定は訳ありの者がよく使うが、どうせ詭弁に違いない。

 実際はそんな人間なんか少ないと思う。


 殆ど自分が裏切っだ側で、それを露見されるのを恐れて、周りの詮索を避ける為に言っている筈なのだ。


「パエデリア」


「いらっしゃいませ、カルツ」


 私の店に入って来たのはカルツ。

 彼女はこの街で冒険者をしているが、

 実力はあまり高い方では無い。

 だが亡くなった両親も冒険者だったとかで、周りの助けで冒険者をしている女。


 バカな娘だ。


 冒険者なんていかに危険で、保証もなく、割に合わない仕事なのか分からないの?

 カルツならまだ21歳と若いし、見映えも良いんだから、金持ちの愛人か、妾にでもなれば、楽に金を稼げるだろうに。


「いつもの香り袋を下さい」


「毎度ありがとうございます」


 注文の品を棚から下ろし、袋に詰める。

 ここで扱っている商品の殆どは、どこの店でも手に入れられる物ばかり。

 こんな小さい店じゃ、値段で他店に対抗出来ない。


 だから王都に居た頃、売っていた香り袋をここで自作してみることにした。


 結果は上々、売り上げの半分以上が香り袋になった。


「これ付けてると、臭いをごまかせるから」


「そうですね、女の子ですもの」


 カルツは腰に結んでいた香り袋を見せて笑う。

 香り袋の臭いはあまり強くないように調整している。

 魔獣寄せにならない程度、そして自分の体臭を隠す位に。


 他にも冒険中に出た汚れ物を香り袋と一緒の袋に入れておけば、洗濯の時臭いに苦しめられずに済むそうだ。


 作り方を教えてくれたアレックスには感謝しよう、向こうは会いたくないだろうが。


「パエデリアさん、実はお話があって」


「何かしら?」


 客との話は大切だ。

 特にカルツは顔が広い、香り袋も彼女から周りの女冒険者に広まっていった経緯もある。


「実は今度、会って欲しい男性が居るんです」


「まあ!?」


 これって恋人か?

 まあ年頃だから当たり前だ、一応驚いてやるか。


「こ…恋人とかじゃないですよ、はっきり断られちゃったけど、でも大切な友達になれて」


「ふーん」


 お前とは付き合えないけど、友達ね。

 なんだか嫌な予感がする、カルツの身体が目当てとかじゃないの?


「有名な冒険者さんで、パエデリアさんもご存知じゃないかな?」


「へえ誰なのかしら?」


 興味ないと言ったら嘘になる。

 有名な冒険者なら太客になってくれる可能性もあるし、パトロンになってくれるかな?

 まだ私は29歳ギリギリ20代、周りには秘密だけど。


「冒険者パーティ野薔薇の、サ…サムソン樣です」


「野薔薇って、あの野薔薇?」


「そうです、あの野薔薇のサムソン樣です!」


「凄いわね!」


 直接見た事はないが、そのパーティなら知っている。

 冒険者パーティ野薔薇と言ったら、二人組にも関わらず、次々と凶暴な魔獣を倒して勇名を轟かしているそうではないか。

 一人はサムソンって名前なのか、覚えたぞ。


「お会いになります?」


「ええ是非」


 こんなチャンスはまたとない。

 なんとか渡りをつけ、店の客になって貰おう。


 なんならパトロンになって欲しい、カルツみたいな青臭い小娘なんかじゃない。

 私なら大人の魅力で迫れば、なんとかなるだろう、男なんかそんなもんだ。


「それじゃ話をしておきますね」


「お願い」


 カルツは店を出ていく。


 こうして私は約束の日まで、サムソンの情報を集める事になった。


「…アレックスか、単なる偶然よね。

 アレックスなんて名前なんかよくあるし…」


 サムソンのパーティメンバー、アレックス。

 その名前に心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。


 記憶にあるアレックスは、王都の冒険者パーティ、ケルンの主力メンバーだった。


 恋人で、将来を誓い合った人でもあり、私が裏切った人。

 5年前にマンフと謀り、パーティの資金を横領しているとデッチ上げ、アレックスの追放に加担した。


「まさか…ね」


 アレックスは最後まで無実を主張していたが、周到に用意しておいた証拠には抗えずパーティを去った。

 マンフと共に積み上げた捏造の証拠だったが、アレックスは腰抜け。

 途中で諦めたのか、王都から姿を消してしまったっけ。


 そうして私はマンフから報酬を受け取り、念願だった店を王都に出す事が出来たのだ。


 夢にまで見た自分の店。

 戦争で故国を失い、餓えに苦しみ彷徨いながら生きて来た私の悲願。


 アレックスには悪いが、早く店を持つにはマンフと嵌め、手っ取り早く金を手にする必要があった。


 こうして始めた新生活だったのに、マンフはとんだ無能野郎だった。


 せっかくケルンを自由に使える立場になれたのに、依頼は立て続けに失敗するし、アレックスを追い出した事を糾弾した仲間をパーティから追い出してしまうわで、目茶苦茶だった。


 結局ケルンの名声は地に落ち、マンフに乗り換えた私まで嘲笑の的になってしまった。


『またドラゴン討伐の依頼が来た』


『やってみたら?

 マンフなら絶対に大丈夫。

 ドラゴンスレイヤーになれたら貴方の名声は元通り、いいえそれ以上よ』


 半年前、躊躇いつつマンフが持ってきたドラゴン討伐依頼を私は全力で賛成した。


 もう周りの嘲笑に堪えられなかったのだ。

 最初は否定的だったマンフだが、私の言葉に押され、とうとう参加をしたのだから、本当にバカな男。


 ドラゴン討伐に出発したマンフを見送った後、私は店を畳み急いで王都を去った。


 僅かに残っていたケルンの資産を全て頂いたのは当たり前だ、どうせマンフや仲間は生きて帰って来られないだろう。

 不要になる金なら、奴との手切れ金と考えてたら安いくらいだった。



「よし」


 サムソンと会う約束の日。

 鏡で何度もチェックを繰り返した。

 心に傷を負ってる女だ、でもあまり草臥れた姿も駄目。

 庇護欲を唆りたくなるギリギリの姿を目指した。


「サムソン樣、こちらはパエデリアさんです」


「初めてお目に掛かります、パエデリアと申します」


「…宜しく、サムソンだ」


 待ち合わせをしていたレストランのテラス席。

 頭を下げる私に聞こえる声。

 なんだろう、どこかで聞いたような?

 それにサムソンの顔も、見覚えがあるように思う。


 それにしても整った顔立ちをしている。

 髭を取ったら女の様に美しい、それもとびきりの美人、私なんか及びもしない。


 一目で分かる鍛え抜かれた身体、椅子に座り、私を見下ろす視線。

 傍らに置かれている彼の剣も私の背丈位ある。



「…気のせいよね」


「何がかな?」


「い…いいえ」


 いけない、いけない。

 こんな違和感を気にしていたらチャンスを逃してしまうじゃないか。

 カルツを介し、サムソンとの会話に集中する。


 ここで出しゃばっては駄目なんだ。

 カルツを立てながら、サムソンに食いつく。

 いつかアレックスからマンフへと乗り換えたように…


「ところでパエデリア」


「はいサムソン樣」


「君はリリー公国を知っているか?」


「…はい?」


 サムソンから出た国の名前。

 なんで急にその名前が?

 それって…まさか?


「サムソン樣、リリー公国って?」


「10年前に滅んだ国だよ」


 カルツの質問に答えるサムソン。

 そうなのだ、現在リリー公国なる国は存在しない、隣国と5年に渡る戦争の末、滅んだ、私の故国…


「知っているのか?」


 サムソンの追求にどう切り抜けようか?

 自分の故国とだと答えるべきか…


「両親がリリー公国の出です…」


「そうか少し訛ってると思ったよ」


「は…はい」


 なんなの、咄嗟に出た嘘に納得したようなサムソンの顔は?

 訛なんか今まで一度も指摘された事ないわ。


 しかもサムソンは私に殺気まで叩きつけてたのよ、カルツは気づかないの?


「大丈夫パエデリア?」


「…うん、すこしサムソン樣とお話出来て緊張したみたい」


「そうなの?

 お店の人に言ってお水を貰って来るわね」


「いや…カルツ待って」

「宜しく頼むカルツ」


 サムソンに私の言葉は遮られてしまい、二人きりになってしまう。

 どうやらカルツには分からない様、私だけに殺気を叩きつけた様だ。

 こうなったら早く話を終わらせよう、家に帰りたい。


「君はアレックスを知っているか?」


「は?へ?」


 なんで?どうしてアレックスの名前が?


「は…はい、サムソン樣のパーティメンバーですよね」


「そう、私の大切な人だよ」


 脂汗が止まらない。

 なんだってその名前が?

 サムソンってそうなの?

 アレックスは女性不信から男色になったの?


「アレックスは王都で冒険者をしていた」


「そうなんですか…知りませんでした」


「本当に嘘が下手だな」


「………」


 もう駄目だ、全て見抜かれている。


「パエデリアか…偽名くらい使えよ。

 アレックスにお前の名前を言ったら、眉を(ひそ)めて何も言わなくてな。

 ジャックに聞かなきゃ、見逃すところだったよ」


「…ジャック?」


 ジャックって誰?


「お前とマンフがアレックスにした事を知る人間だ」


「…ウグ」


 そこまで知ってるのか…もう挽回のチャンスは無い、ならば…


「確かにそうです、でも私はマンフに脅されて……」


「無理やり従わされていたと?」


「は…はい、マンフは酷い暴力で私を…死の恐怖にアレックスを、あぁ…」


 嘘を吐き通すしかない。

 女には女の武器がある。


「私に涙や嘘は通じんぞ」


「そんなつもりは…」


 ヤバい。


「お前に教えてやる」


「…何を」


 恐怖に歪む視線の先に見えるサムソン。

 彼は静かに自分の髭を摘み、剥がし始めた。


「お前がリリー公国の人間なら分かるだろ?」


「…まさかあなたは」


 そこには紛う事無い一人の女性が居た。

 体格こそ違えども、忘れる事の無い一人の英雄が…


「…英雄サムソニア」


「そうだ…これで立場が分かったか?」


 恐怖が迫る自分の死を知らせている。

 彼女が英雄サムソニアだったなんて…戦争の後、行方不明と聞いていたのに。

 それなら嘘は絶対通じないな…時に拷問まで使い、幾多のスパイを自白に追い込んだ話は有名だ。


「お前を殺したい…私はそれを躊躇う人間じゃない事は知っているな」


「…………」


 返事なんか出来るもんか!

 英雄サムソニアが殺した敵兵なんか数えきれないんだ!!


「私が貴様に要求するのは一つだ、今すぐこのルネから消えろ。

 …次にお前を見たら…その場で殺す」


「は……はい」


 殺気を解かれた私は椅子から転がり落ちる。

 背後から迫る死の恐怖…


「あれパエデリアさん、どうしたの?」


「なんでも体調が優れないから、帰るそうだ」


「え?それなら一緒に帰りましょう」


「だ…大丈夫だから」


 必死でカルツを抑えて逃げる、もう沢山よ!!


「カルツせっかくだ、二人でスイーツを楽しもうじゃないか」


「は、はい!

 あれ?サムソン樣、お髭が…」


「実はひげ剃りに失敗してな、今日はつけ髭だったんだ…」


 楽しげな会話が小さく聞こえる。

 着の身着のまま家にあった金を掴み、その日の内にルネを逃げ出したのだった。

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