第3話 サムソニアは想う 後編
「…すみませんでした」
洋服店を出た私に女は頭を下げる。
あの後、私は失禁した女を連れ、近くにあったここの店で下着と服を買ってやった。
女は遠慮をしていたが、下半身を濡らした女をそのまま帰らせる訳にもいかなかったのだ。
私だって経験がある。
あれはまだ増強剤を使われる前、13歳の私は敵の伏兵に囲まれ、殺される恐怖と絶望に失禁してしまった。
幸いにも味方の援軍に助けられ、九死に一生を得る事が出来たが、濡れた下半身を兵士にみられ、恥ずかしさでどうかなりそうだった。
「どうしました?」
「思い出していたんだ」
「あぅぅ…」
「さっきの事じゃなくて、私…いや俺の事なんだけど」
羞恥に満ちた表情で私を見る女の視線は、まだ少し怯えの色が感じられる。
本気の殺気をぶつけてしまったから仕方ない。
「本当にすまなかった」
もう一回謝ろう。
この事がアレックスにバレたりしたら、また叱られてしまう。
「食事でも一緒にどうだ?」
「そんな…服まで買って貰ったのに」
「いいから、それに買い物は楽しかったし」
「…そうなんですか?」
「ああ」
実際、買い物は楽しかった。
普段なら女性物を扱う服屋に行く事は絶対にない。
今着ている服は店で作らせた特注の男物、そして家で着ている部屋着は自分で作った物なんだから。
アレックスと一緒に女性の服を買いに行けたら最高なんだけど、私は男として生活している。
なにより、こんなデカい奴が女性の服屋に入ったら絶対に奇異の目を向けられてしまうだろう。
それにプレゼントすると嘘を吐いたところで、私のサイズを特注したら女装趣味と勘違いされそうだ。
だから今回は女の連れとして店に行けたのは嬉しかった。
店内にあった服はとても参考になったから、いつか自分で作ってみよう。
似合うかどうかは別だが。
「どこのレストラ…いや飯屋が美味いんだ?」
「それなら行きつけの店がありますけど…」
それは楽しみだ。
普段は私の外見のせいで、ギルドの酒場や男の冒険者が行く様な店が多いからな。
「そこにしよう」
「でも…」
なにやら困惑している、こっちはお腹が空いてるんだけど。
「値段が高いとか?」
「い…いえ」
「気にするな、払いは任せろ」
こうみえて金はある。
回復薬を買う為に貯金をしているが、少しくらい散財しても大して影響は無い。
お互い自由に使える小遣いくらいはある。
「いえ…そこって、余り男の人が来ない店なんですけど」
「そうか」
それは不味い、私みたいな大男が来たら凄く目立ってしまう。
「甘いデザートが人気なんですが、サムソン樣の口に合うとは…」
なんだと?
それは聞きいたら逃す訳にいくまい。
「行くぞ」
「え?」
「どこだ?是非連れて行ってくれ」
こんなチャンスはまたとないぞ。
私は甘いものに目がない、だがアレックスと二人で食べに行くにはハードルが高すぎるので、いつもは持ち帰って家で食べるか、自分で作るしか出来ない。
女連れなら、堂々と店に行けるではないか。
女の背中を押して店に向かうのであった。
「…美味い」
着いた店で、早速お目当てのデザートを食べる。
腹は減っていたが、本格的な食事より今はデザートだ。
「サムソン樣ってそんな方でしたの…」
女は不思議そうに私を見る。
もう怯えた様子はないようだが。
「幻滅したか?」
「いいえ、でも意外っていうか」
「意外?」
「もっと怖い…いえ崇高な方だと思ってました」
「そんな事はない」
私だって買い物を楽しんだり、美味しい物を食べ歩きたいのだ。
それが出来ないのは、この外見のせいなんだから。
「なんだか不思議…サムソン樣が身近に感じる」
「身近にか?」
それはどういう意味だろ?
「だって服屋では可愛い服を手にとっていたし、ここでは一杯のデザートを嬉しそうに」
「…あ」
いかん、完全に浮かれていた…
「なんだか女の子と居るみたい」
「それは…」
喜ぶべき事。
湧き上がる嬉しさと、秘密を剥がされていくような不安。
どんな顔をしたらいいんだ?
「ごめんなさい、気分悪いですよね」
「いや、構わない」
気にしなくて良いんだ。
女として過ごせないから、こんな時間は嬉しい。
「もっと話をしよう」
「はい?」
「何か話をしてくれ、お前の冒険話でも良い」
「それって?」
「こんな時はお喋りを楽しむ物だろ?」
女同士のお喋り。
昔からの憧れだった、故国に居た頃は鍛錬に明け暮れていたから同年代の女の子とする機会は殆どなかったんだ。
「は…はい、私の話でよかったら。
あと、出来たら私の事は名前で」
「それは…すまない、名前は?」
考えてみたら女の名前を知らなかったな。
「カルツです…」
「そうか、宜しくなカルツ」
「はいサムソン樣!」
「サムソンでいい」
本当はサムソニアと呼んで欲しいのだがそれは無理。
こうして私は夢にまで見た女同士の時間を堪能する事が出来たのだった。
「今日はありがとう、カルツ」
「いえ、私の方こそ夢みたいでした」
日も暮れ、すっかり暗くなってしまった。
私達はそれぞれの家に帰る。
カルツの情報は全て手に入れたから、また会えるだろう。
「今度は友達と一緒でも良いですか?」
「もちろん、カルツの仲間なら大歓迎だよ」
「良かった!
その人は冒険者じゃなくって、最近出来た小さい店で雑貨屋さんを営んでる方なんです。
でも心に酷い傷を負ってるみたいで」
「ほう…」
この街に流れ着いたなら、みんな訳ありだろう。
カルツは冒険者の両親から、ここで生まれ育ったから例外だ。
「今度紹介してくれ」
「分かりました!」
新しく出来た数少ない友人。
今度はアレックスも…いやまだカルツは危険だ。
「因みにその人は何という名前かな?」
「パエデリアさんです」
「パエデリアね」
当たり前だが初めて聞く名前だ、覚えておこう。
「それじゃ」
「ああ、またな」
大きく手を振るカルツ。
小走りで消えて行く背中を見ていると充実感で満たされて…
「…しまった」
そういえば私は迷子だった。
暗い夜道と更に迷い込んでしまった町中。
城壁は暗くて見えず、夜道を歩く人も居ない。
結局家に帰り着いたのは夜明け前の事だった。
閑話いこうかな…