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第3話 サムソニアは想う 前編

 

「ここから糸を通して…」


 赤い糸を通した針は生地を通り抜ける。

 何度も通した糸は刺繍の柄となり、みるみる立体感を増していく。


「…休憩するか」


 朝からずっと刺繍をしていたから、肩が凝って来た。

 テーブルに針と生地を置いて、両腕を大きく伸ばす、滞っていた身体の血が全身を駆け巡る気がした。


 裁縫を再びするなんて思いもよらなかった。

 ずっと昔、それは戦争が始まる前。

 私がまだ女の子だった頃、母から手解きを受けた懐かしい記憶…


「回復薬を使ったら、この指も戻るよね」


 節くれ立つ指先は長年剣を使い続けた影響から、硬い豆が幾つもある。

 どう見ても若い女の指じゃない、男のようだ。

 こんな手をアレックスは慈しんでくれる…


「早く帰って来ないかな」


 現在屋敷の中に居るのは私一人。

 アレックスは昨日から3日間の予定でギルドから指名の依頼を受け、他の冒険者と合同のクエストに出掛けてしまった。


 本当なら私も一緒に行きたかったが、3日も他の冒険者と行動を共にするのは嫌だ。


「昔は平気だったのに」


 戦場から戦場を駆け回り、男達に囲まれながら雑魚寝していても平気だったのに。


 今は男として、サムソンとして振る舞い続けられる自信が無い。

 少しでも気を緩めたら、女の地が出てしまう。


 これはアレックスを想う心境の変化による物が大きい。

 女である事なんか、とっくに捨てたと思っていたのに、たった3年でここまで変わってしまうとは。


 私が実は女だとバレたら、アレックスまで奇異の目で見られてしまうだろう。

 それだけ私の外観は異様だ。


 2メートル近い背丈、大きくせり出した全身の筋肉、そして全身から迸る殺気。

 正に狂戦士、それがサムソンという人間…


「アレックス…」


 3年前、彼と冒険者パーティを組み、私は生まれ変わった。

 獲物を殺すしか能が無かった私をアレックスは優しく、そして根気強く導いてくれたんだ。


 あれだけ素敵な男性と一緒に居て、何も思わない女は居ない。

 最初はぶっきらぼうに接していたが、徐々に話をするようになっていった。


 当時の私は過剰投与された増強剤の後遺症で異常な程強化された身体に絶望していた。


 故国を救う為、戦場に身を投じた事には今も後悔は無い。

 愛する家族、護るべき民の為に命を捨てる覚悟はあった。


「…良いように使われただけか」


 今から考えたら、私は国にとって使い勝手の良い駒に過ぎなかった。

 幼い頃より鍛錬に鍛錬を重ね、私は各地の紛争地域を駆け回る日々。

 自分で言うのもなんだが、私の名は英雄サムソニアとして轟いていた。


 それが隣国にとって面白くなかったのだろう。

 何度もちょっかいを出し、国境線を押し広げる行為を繰り返した故国を遂に隣国は捨て置けず、全面戦争となった。


 始めから勝算なんか無かった。

 それは一兵士に過ぎない私でも分かった。

 それなのに意地を張り、決して敗北を認めなかった故国の指導者達、なんて無能だったのか。


 増強剤の影響で生理は止まり、身体の脂肪は筋肉へと変わって行った。

 背丈は異常に伸び始め、乳房や尻周りの肉は取れて角張った身体へと変化して…


「止めよう…」


 過ぎた事を悔やんでも仕方ない、今を受け入れるしかないのだ。


 でも回復薬さえ手にいれられば、全ては変わる。

 身体の大きさは戻らないだろうが、女としての機能は再び回復すると聞いた。


 僅かに膨らんだまま残った乳房、丸みを失い四角く引き締まってしまったお尻、全部が昔みたいに戻れたなら、女として見える筈だ。 


 なにより、キツく閉ざされ、排泄以外使えなくなった、私の…


「…はあ」


 情けないが、モヤモヤを解消する事すら出来ないのが今の私。

 発散させる方法すら無いのだから。


「…お腹空いた」


 そういえば朝から何も食べてない。

 食料は買いだめしてあるから、食べる物には困らない。


 こうみえて料理を作るのも得意だ。

 それも昔、母から教わったおかげだが、戦争以来料理を゙作って無かった。


 だけどアレックスには作りたくなったので、知り合って間もない頃に振る舞った。


 アレックスは凄く喜んでくれたっけ、まだ私が女だと明かす前の話だ。


 家で食事を作る時は、交代で料理を作る。

 アレックスも料理が出来るのだ。


 私はアレックスが作る料理の方が好き。


「外で食べるか」


 一人で作って食べるのは味気ない、ついでに外で用事も済ませよう。

 アレックスが武器屋に出してくれた私の剣も手入れが終っている筈だから、受け取りに行くか。


「そうだ」


 ついでに新しい色の刺繍糸も買いたい。

 ルネの外れに新しく手芸屋が出来た筈だ。

 いつもは近くの手芸屋へアレックスに頼んで買って来て貰っているが、遠くの店なら私が行っても目立たないだろう。


 外出をアレックスに止められている訳じゃない、普通にしていたら良いんだし。

 あくまでサムソン、アレックスの冒険者パートナー、男としてなら。


「よし」


 部屋着からいつもの服装に着替える。

 胸を晒で締め上げ、口元にいつもの付け髭を貼り付ける。


 鏡で最終のチェックは大切、この前は髭を上下逆さまに貼って、気まずそうにアレックスが教えてくれた。


 死ぬほど恥ずかしかった。


「どうぞ」


「うむ」


 武器屋で手入れの終った愛剣を受け取る。

 良い仕上がり、さすがはアレックスが贔屓にしている店だけの事はある。


 帯剣を済ませ店を出る。

 余り話す事はしない、私の声は昔と変わらないので、普段は出来るだけ低い声を出す様にしているが結構難しいからだ。


「サムソン樣よ!」


「どこに行かれるのですか?」


 街を行くと、時折若い女から声が掛かる。

 みんな私が男だと思っているからだが、複雑。

 私が女だと知ったら、どんな顔をするやら。


 軽く手を挙げ、無言でやり過ごす。

 無愛想では冒険者パーティ、野薔薇の評判を落とす事に繋がりかねない。


「ありがとうございました」


 手芸屋で、お目当ての商品を購入する。

 店員に見送られ店を出た。

 随分遠くまで来た、余り街を出歩かないから。


「…迷った」


 ここはどこだ?

 まさか28歳にもなり、迷子になるなんて。


「城壁伝いに歩くか…」


 城壁はルネの街を囲んでいるから、いつか知っている場所に出るだろう。

 アレックスに頼り切りの自分が情けない、傭兵時代に戦場で一人取り残された時以来だ。


「…へえ」


 しばらくすると広い広場に出る。

 中では冒険者らしき数人が剣を振っている、ここは鍛錬をする場所でもあるらしい。


「おいサムソンだ」


「一人でなんか珍しいな」


「アレックスが見当たらないぜ」


 私に気づいた連中が何やらコソコソ言っている。

 そんなに一人が珍しいのか?


「よし」


 剣を鞘から抜き、構えを取る。

 私が迷子だと察せられる訳に行かないからな。


「ふん!!」


 振り下ろすと一陣の風が舞う。

 切り裂かれた空気、立ち上がる砂煙、剣にガタつきもない、整備は完璧だ。


「うん?」


 一通りの型を済ませると、辺りに人だかりが…


「すげえ…」


「なんて凄まじいんだ」


「あんな技、初めて見た」


 これは不味いな。


「是非、御教示を」


「ずるい俺も」


「わ…私も」


 やはりこうなったか。

 しかし無碍には出来ないので、集まった冒険者達に一通りの稽古をつける羽目になるのだった。


「あの…サムソン樣」


「なにか?」


 一人の女冒険者が私に近づく。

 なんで目が潤んでいるのか?


「好きです!

 ずっと以前よりお慕いしてました!!」


「…はい?」


 これは愛の告白?

 余りの事で一瞬呆気に取られてしまう。


「い…いや私、俺は…その」


 どう返事をして良いのか?

 まさか私は女と言うわけに行かないし。


「すまない」


 ここは断るに限る、変に気持ちを持たせる訳にいくまい。


「やっぱり駄目か…」


 女は少し落ち込んだ様子で私を見る。

 まあ仕方ない、私の気持ちは女なんだし。


「…アレックス様にしようかな」


「なんだと?」


 女の呟きに怒りがこみ上げる。

 コイツは今何を言った?

 確かにアレックスを慕う女は多い、それは認めよう。

 しかし恋人の私を前にそんな戯言を言うとは…まあ秘密だけど。


「…心配だ」


 今回アレックスが参加している冒険者の中に、女が数人いるのは知っている。

 アレックスから浮気をするはずがない。

 自惚れじゃなく、彼に愛されている自信がある。

 でも女の方からアレックスに言い寄って来たら?


 いや、寝込みを襲われる事があれば…


「…殺す」


 そんな事をしてみろ、八つ裂きにしてやる。

 死体をこま切れにして、晒してやるぞ。


「ヒイィィィ」


「うん?」


 気づいたら女は地面にへたり、足元に水溜りを作っていた。


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