第1話 アレックスとサムソン
リハビリ。
気楽にお付き合い、お願い致します。
アドニス王国の辺境にある都市ルネ。
王都から遠く離れた街の外には広大な森が広がり、そこには凶暴な数々の魔獣が出没する危険な地であった。
そんなルネの人口は三万人と多く、高い城壁に囲まれた街は大勢の人々で賑わっており、この街が危険な場所である事を感じさせない。
それはこの街が1000人を越える冒険者達によって護られているからだった。
魔獣から取れる素材は、相手が強ければ強いほど高価になる。
一獲千金を夢見る冒険者にとって、大金と名誉を得るには、この街ルネはうってつけの場所。
そして街には、そんな冒険者が持ち込む貴重な素材を加工する工房や、それらを各都市に運搬する商会、更には冒険者向けの武器屋や療養所、賭場に゙娼館等が揃っていた。
「ハンスの野郎、最近見ねえな」
「なんだよ、知らねえのか?
ハンスの奴なら死んだぜ」
「え?アイツ死んだのか?」
「ああ、3日前コボルトに首を噛まれてな」
「馬鹿なヤツだ」
「まあ実力不足だったな」
「哀れなハンスに乾杯」
冒険者ギルドに併設された酒場。
数人の男達が一人の冒険者の迎えた非業の最期を話す。
そこには僅かな同情しかない。
なぜなら明日は我が身かもしれないと皆が分かっているからだ。
「ん?」
「何だ?」
勢いよく扉が開き、二人の男が冒険者ギルドに入ってくる。
中にいた冒険者達の視線が一斉に集まる。
そして会話を止めると、全員は聞き耳を立てた。
「マンティコア3頭、討伐完了。
死体は外だ、血抜きもしてある」
一人の男はやや甲高い声でギルドの受付に報告をする。
長い髪を無造作に束ね、口元には髭を蓄えており、整った容貌と大柄な体格は男の迫力を一層高めていた。
「は…はい、直ぐに確認します」
少し怯えながら受付嬢が答える。
受付奥に居たギルド職員数人が確認の為外に向かう。
「間違いない、確かに依頼のマンティコア3頭だ。
毛皮に目立った傷跡も無い、状態も良好文句なしだよ」
「畏まりました、では依頼完了の書類にサインをお願いします」
確認を終えた職員の報告を受けた受付嬢はカウンターから討伐完了の書類と報酬の金貨を取り出し、男に差し出した。
「アレックス、サインを」
「わかったサムソン」
アレックスと呼ばれた男がカウンターに進み、用意されていたペンでサインをする。
アレックスはサムソンと比べるとやや華奢で背も彼より低いが、引き締まった身体は強者の冒険者の雰囲気を醸し出していた。
二人の装備はどれも使い込まれているが、丁寧に扱わているのが分かり、激しいクエストに耐えられるだけの逸品揃いだった。
「これを」
「…では報酬です」
サインを終えたアレックスが書類を受付嬢に渡し、積み上げられていた金貨を確認し、取り出した革袋へと入れる。
「ありがとう」
最後にアレックスが受付嬢へ頭を下げ、微笑む。
柔らかい態度、そしてサムソンとは違うタイプの整った容姿。
人を寄せ付けない雰囲気のサムソン。
対するアレックスは人当たりもよく、男女を問わず人気も高い。
特に若い女達の人気は絶大、受付嬢は見惚れてしまいそうになるのを我慢しながら、優しい笑みを浮かべアレックスに返した。
「どうしたの?」
「い…いえ」
アレックスの問いに受付嬢は顔を赤らめる。
後ろからその様子を見ていたサムソンは無言で女を睨みつけた。
「匕ッ!!」
「サムソン!」
腰を抜かし、カウンター下に隠れた受付嬢。
振り返ったアレックスはサムソンを叱りつけた。
「でも小娘がアレックスに色目を…」
「彼女も仕事だよ、そんなんじゃない。
でしょ?」
「…は…はい」
「…次から気をつけな。
わた…俺は先に注文をしとくから、アレックスも早く来て……来い」
まだ納得出来ないサムソンだが、これ以上アレックスに叱られたくない。
不機嫌そうにサムソンはカウンターから離れ、酒場のテーブルに腰を下ろした。
「依頼の成功に乾杯!」
「乾杯」
運ばれて来たエールの入ったジョッキを合わせるアレックスとサムソン。
一気に呷るサムソンは空になったジョッキのお代わりを注文する。
「我々、野薔薇に乾杯!!」
「ああ乾杯」
お代わりの度、乾杯を繰り返すサムソン。
その都度、包み込むような笑顔でアレックスは返した。
野薔薇は二人が3年前に結成した冒険者パーティの名前。
元々ソロで冒険者をしていたアレックスに、傭兵崩れのサムソンが加わり冒険者パーティを組んだ。
「…冒険者パーティと言っても、二人だけだけど」
「…アレックスは仲間が欲しいの?
私だけじゃ…不満?」
サムソンはアレックスの呟いた言葉を聞き逃さない。
真っ赤に上気した顔、すっかり酒も進み油断していたアレックス、この状況に危険を感じ立ち上がる。
「今日は俺達が依頼を成功させた祝いだ!
みんな一杯だけだが、奢らせてくれ!!」
「ありがとうよ!」
「アレックス!一杯なんてケチ臭えぞ!」
「なら二杯だ!!」
酒場に歓声が響く。
アレックスは会計を済ませ、二人はギルドを出る。
おぼつかない足取りのサムソンの肩を取りながら、二人は借りている一軒の屋敷に向かった。
「ほら着いたよ」
「うん…」
屋敷に着いたアレックスは玄関の鍵を閉め、サムソンを部屋に置かれているベッドに寝かせた。
ここまでサムソンが酔い潰れるのは珍しいが、危険なクエストを無事に済ませたからだと分かっていた。
「そのまま寝るな、鎧くらい脱げ」
「…アレックスが脱がせて」
サムソンは甘えた声で両手を上げる。
やれやれとアレックスは胸当ての鎧を外した。
「これでいいか?」
「…服も」
「…サムソン」
アレックスが苦笑いを浮かべた。
「…サムソニアって呼んで…」
「分かったよ、サムソニア」
「…うん」
アレックスがサムソニアの上着を脱がせる。
サムソニアはサムソンの本名。
その服の下から晒に巻かれた胸が姿を現した。
「解くか?」
「うん…苦しいから」
「そうか、そうだろうな」
そっと晒を解くと、そこには膨らんだ二つの胸があった。
そう、サムソニアは女。
「アレックス…キスして」
「なら髭を剥がすぞ」
「そっと剥がしてね」
アレックスがサムソニアの口元に手を伸ばす。
ペリペリと剥がれるサムソニアの口ひげは付け髭なのだ。
「…ん」
アレックスのキスにサムソニアには応える。
激しくキスを交わしながら、抱きあう二人。
だがこれ以上は進まない。
進めないのだ。
「…早く金を稼がないとな」
「…ゴメンねアレックス」
そっと唇を離す二人。
サムソニアはこれ以上アレックスを受け入れる事は出来ない。
それは傭兵になる前、故国が勇猛な兵士を造る為彼女に使った、違法な増強剤の後遺症。
結果、サムソニアは女としての機能は奪われ、男でも女でもない身体になってしまったのだった。
サムソニアを治す手段はただ一つ。
最上級の回復薬を使う事だが、それは余りも高価な物。
二人は冒険者で金を稼ぎ続ける。
危険なクエストに身を投じ、互いの幸せな未来を夢みながら…