117 コウチの休日
「俺のおすすめの店はここだ」
コウチに案内されて来たのは…、
「わ、お肉屋さん?」
エフテルが店内を覗き込んでそう言った。
そう、肉屋だ。
「ここがコウチの休日よく行く場所ですの?」
「そうだな」
店の外にいるのに、肉が焼ける良い匂いがする。
「ここは肉を売ってる店か?それとも食事処か?」
「どっちも…かなあ。まあ、入ってみれば分かるよ」
俺の問いに答えつつ、慣れたような手つきで入店していくコウチのあとについていく。
「…ここに入りますの?」
「おいしそー!」
「カリシィルお嬢様、後がつかえてるんだけど」
カーリはその強い匂い故か入店を少し躊躇ったようだが、エフテルとアルカに押し込まれるように入店した。
「いらっしゃい、お、いらっしゃい!」
客が来て、反射的に挨拶をした店主が、コウチを見て改めて歓迎の挨拶をした。なるほど常連なのだと分かる。
「こんにちは。今日は仲間たちも連れてきたんだ」
「おお、ありがたいなあ。どうぞどうぞ、空いている席に着いてよ!」
案内された席に、座る。
テーブル席で、テーブルの中心には、網が乗った器のようなものが置かれている。
これは、調理器具か…?
全体的に店内が煙たい。
カーリは涙目になりながら小さく咽ている。
「けほ、こ、コウチ、この店はどんな店ですの?」
「おー、なんていえばいいんだろな、肉焼き屋?焼肉屋?」
店内の全てのテーブルには俺達の目の前にあるような調理器具が置いてあり、肉が並ぶケースも店主の前にはある。
「もしかしてあれか、ここで買った肉をこの場で焼いて食うのか?」
「お師匠さん正解!」
コウチがニッコリと笑って言った。
「なんと、画期的だね…」
アルカが目から鱗、といったように店内を見回し、肉を注視する。
今から焼いて食べられると分かって、既にソワソワしている。
「豪快だね!」
「これ、自分で焼きますの?お店なのに?店主が焼くのではなく…?」
「自分で焼くのが良いんだよ。お嬢も試してみりゃ分かる」
「ええ…まあ、何事も経験ですわね」
カーリは上流階級であるので、今まで様々な店で手厚いサービスを受けてきたのだろう。ここまで客が放置されるのは違和感があったようだが、そこは流石カーリ。先入観に囚われず、まずは体験してみることにするようだ。
「それで、どういう流れで注文するの?」
アルカは身を乗り出してコウチに詰め寄る。
苦笑しつつ、コウチは店主の前のケースを指差した。
「あそこで肉を選ぶと、店主が切り分けて持ってきてくれる。それを自分たちの席で焼いて、食べるって感じだ」
「なるほど」
頷くや否や、アルカはケースの前に飛んでいく。
俺達も後に続いて、ケースの前に行く。
何の肉があるのかと、見てみると、オーソドックスな羽豚の腿肉や腹肉などに加え、危険度4くらいまでの獣の肉も陳列されている。
「…珍しいな。一般的な食肉用ではない肉が結構ある」
「そう、そこが俺のお気に入りなとこでさ」
コウチが話している間に、エフテルとカーリは、
「えー!炎愛猿の肉だって!食べれるの!?」
「そういう対象で見たことが、まずありませんでしたわね…」
などとキャーキャー騒いでいる。
「結構危険度が高い獣の肉ってうまいんだよな。まず食う機会ないけど」
コウチが言う。
アルカが全力で頷いていた。
「分かる。ヒシガツマ村の店で食べた獣の肉は絶品だった…!」
俺とアルカは一緒にヒシガツマ村の祭りを巡ったときに、狩人のおじさんが焼く串焼き屋で危険な獣の肉を食べたことがある。確かにうまかった。
「あれ、もしかして同じとこのやつ俺も食ったのかな。俺もヒシガツマ村のお祭りのときに初めて食って気に入ってさ。そんで、この村でも食えるとこないか探したら、ここを見つけたってわけで」
なるほど、コウチも同じ出店で肉を食べて感動したのか。
食べたことがない女子2人は恐る恐ると言った様子でケース内を凝視し、食べたことがある2人は何がうまいあれがうまいとケースの前で目を輝かせている。
「なるほど、良い店かもな」
基本的に料理をしないので、俺は休日の食事は酒場で済ませることが多いのだが、飲食店もアオマキ村には増えてきている。
腹に入れば一緒…とまでは言わないが、そこまで食に興味がなかったのも事実。これを機に色々探してみるのもいいかもな、と思った。
さて、ようやく注文が決まったようだ。
まずは普通に食肉用とされている羽豚や、高級食材の茸人の肉(カーリが頼んだ)。
それに加えて、コウチおすすめの獣の肉と、アルカが食べたことがないということで、八方発泡魚の肉を注文した。
注文を済ませたあとは、席で待つ。
「不安と期待が入り混じるねー!怖いなあ」
「ですわね…」
どうしても普通の肉しか食べたことがない2人は、恐る恐るといった感じだ。
アルカとコウチはルンルンといった感じで、どちらかと言うと俺も後者側だ。
「お待ちどう!」
店主が肉を切り分けて持ってきた。
こうして皿に乗っている肉を見ると、最早どれが何の肉か分からない。
コウチが店主から皿を受け取ると、店主がテーブルの上の容器に固形の魔燃料を入れ、火をつけ、その上に網を置く。
じりじりと燃える固形の魔燃料によって、網の上が加熱されるというわけだな。
「同志、早く、焼いて!」
「分かった分かった」
目をキラキラさせるアルカに苦笑しつつ、コウチが肉を網に載せていく。
エフテルとカーリはその様子を真剣に見つめていた。
「ってか、カーリは養成所の訓練のときに虫とか獣とかの肉を食べたことがあったもんだと思っていたがな」
前にそういう話をしたことを思い出したので、話題を振ってみる。
「基本的には、教本に食べられると書かれているもののみを探して食べておりましたので。そういう冒険はしませんでした」
「なるほど、優等生だ」
俺とレイはそれこそその辺に生えている草なんかも食べたもんだ。
「あたしも食うものに困ったときは普通にお金を調達してたしなー。あんまり変なのを食べたことはないなー」
お金を調達…というところにツッコんではいけない。エフテルとアルカの場合、洒落にならない。
などと、話をしているあいだに、コウチが肉をひっくり返し、良い焼き加減になるように調理していく。
俺達がこの店に来た時間は少し早かったので他に客はいなかったが、なんだかんだでもう昼時になった。ちらほらと他の客も入店してくる。
結構繁盛しているんだな。
ヒシガツマ村で獣の肉を売っていた男と違って、ここの店主は狩人には見えない。つまり、仕入れにはそこそこの金をかけているということだ。ギルドに依頼を出したり、市場に流れた肉を買ったり。
それでもやっていけるということは、ちょっと料金は高めだが、そこそこのリピーターがいるのだろう。
客が自分で焼くということで店主1人でも店をまわせているようだし。
「焼けたぞ」
コウチが焼けた肉を全員の目の前の皿に配り始める。
「こ、これは何の肉ですの?」
「普通に炎愛猿」
「ふ、普通にってなんですの…!」
カーリは恐る恐る、と言った様子で肉を口に運ぶ。
エフテルもそんなカーリを見て、パクっと1口で肉を食べた。
俺もそんな様子を見ながら、肉を食べる。うん、普通にうまい。
アルカは既に平らげて、次に焼ける肉を待っている。早い。
「…どうだ、おふたりさん。いけるか?」
コウチがカーリとエフテルの顔色を伺う。
「うまい!」
エフテルはニッコリ笑顔で親指を立てた。
カーリは、無言で、味わうように少しずつ食べている。
「…お嬢は?」
「ええ、ええ、独特の香りはありますが、美味…ですわね」
「そうか、良かった!」
ほっと安心したように、コウチは肩を撫でおろす。
まあ、ある意味ゲテモノ料理だ。万人受けするものではないだろう。
それでも皆に感動を共有したくて、勇気を出して連れてきたのだろう。
「うん、うまいな」
新しく焼けた肉を食べつつ、俺は敢えて大きめの声で言う。
コウチは笑って、肉を焼き続けた。
途中で、焼いてみたいと言ったエフテルと代わったり、茸人の肉を焼くときにはカーリに代わったりと、賑やかに食事は進んだ。
特に、茸人の肉なんて一般人がそうそう食べられるものではない。
茸人の肉以外の肉の料金と、茸人の肉の料金が釣り合うようなレベルだ。
「あれ、そういや俺の奢りだっけ…」
ふと、思い出した。
…カーリに悪気はない。
普段街で食べているような食材を見つけて、嬉しくなって注文したのだろう。
それに、全員喜んで食べていたし、俺も楽しんだ。
…でも、高いな。
俺は自らの器の狭さに少し自己嫌悪しながら、支払いを済ませた。
4人分で、1食10万クレジット…。まあ、アルカの大食いもある。
皆が楽しめたんだから、問題ないさ。
「…わたくしもお支払いしますわよ?」
店を出てから、カーリが小声で支援を申し出てきたが、
「いや、これはお前ら全員のお祝いだからな。払わせてくれ」
と、きっぱり断った。
帰ったらレイあたりに良いものを食ったと自慢してやろう。
食事を済ませ、入店時とは違って全員笑顔を浮かべて退店。
「いやー、流石コウチくん。おいしかったよ!」
「それは良かった!」
「今後、休日には足を運びたいお店が1つ、増えましたわね」
「お嬢に認められると特に嬉しいよ」
店を紹介したコウチも満足げだ。
「と、勝手に昼食を俺が選んじまったが、お嬢は大丈夫か?」
大丈夫、というのは、次に店を選ぶのがカーリなので、店選びは大丈夫か、ということだろう。
「ええ、問題ありませんわ。元々ご案内しようとしていたお店は、食後でも丁度良いところですの」
バサッと黒髪を揺らすカーリ。少し焼いた肉くさい。
ということで、今度はカーリを先頭にして、俺達は歩き出した。
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