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112 深淵に潜むもの

結局、周辺に転がっていた蛇風6匹と、隅っこにあったルミスが倒したであろう蛇嵐、そして時間が経って、毒が落ち着いた蛇嵐の剥ぎ取りを済ませた。

しかし、結局荷車も持っていないので、両手に持てる範囲でだ。

コウチは気絶したカーリを背負っているし、俺はルミスに肩を貸している。

“豊穣の奏”の2人は、帰り道に何かあっても対応できるようにフリーになってもらっている。

ということで、素材をどっさり両手に持っているのはエフテルとアルカの2人だけということになる。

エフテルはある程度過去を吹っ切ったうえでなお、金の亡者だが、アルカも未だにお金大好きだ。

曰く、


「師匠との生活に備えるため」


らしい。

よく分からなかったので、ふーんって答えた。

帰り道は特に危険はなかった。

元々森は平原に向かうにつれて危険度の低い獣が増えていく。

今回は森の浅いところで蛇風とだいぶやりあったので、獣たちは怯えて出てこない。

蛇風の死体を食う杭鳥はいたが、精々その程度だ。


「こんなだったら、ミーンさんとハルゥさんにも持ってもらえば良かったあ!」

「いやいやエフテルちゃん、結果論で語るのは良くないじゃん?」


あら冷静。

流石、2人だけで手探りで3級になった狩人。雰囲気はチャラくてもしっかりと狩人としての警戒などはしている。

…やはりうちの弟子たちのことを俺は甘やかしすぎているのだろうか。

いやもちろん、エフテルも本気で言っているわけではないとは思うが。本気じゃないよな?

草原まで戻ると、レイが出迎えてくれた。


「よーうハゲ。元気そうで何よりだ!」


これはレイ流の心配の言葉だ。ルミスも分かっていて、


「ああ、見ての通り元気だ」


と答えた。

それから、“豊穣の奏”にはアオマキ村に依頼達成の報告に行ってもらった。

アオマキ村の住人のことだ、ムキムキの村人が門の前を固めていてもおかしくない。危険度4くらいまでなら一般人がなんとかしてしまう自衛力の凄まじい村だから。

とまあ、村の緊張を早く解いてやりたかったのが1つと、これからする話をミーンとハルゥには聞かせたくなかったからというのもある。


「レイ、この森には“アイツ”と同種の獣がいるらしい」

「ほーぅ…」


この話は、ギルドでも特級以上にしか共有していないので、なりゆきで知っているルミスや“四極”以外にはみだりに広めたくなかった。

危険度7。今までの最高であった危険度6を上回り、特級狩人でも敗北する存在。

その存在はいまだに公にはされていない。


「ルミス、話してくれ」

「ああ」


もう普通に喋る程度には回復していたルミスは、俺の肩から離れ、地面に腰掛けて話始める。

そんなルミスを中心として、目覚めたカーリも含めて、全員で改めて話を聞く。

俺の右腕を殺した触手と同じ能力を持つ巨大な半透明の竜。

その話を聞いて、レイは一瞬獰猛な笑みを浮かべたが、何かに気づいたように、真顔に戻った。


「…おいハゲ。その竜、竜であるからにはブレスとか、してきたよな?」

「いや…噛みつきと…頭突きのみだ。頭だけだったからな…」


レイは思いっきり苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、言い返す。


「頭だけだからってブレスをしないわけないだろうが!いいかハゲ、そこまで詳しく話してなかったが、俺達を襲った危険度7の獣から生えている触手は、噛みつき攻撃のように獲物を飲み込もうとする。俺の言いたいことが分かるか、相棒?」


話を振られる前から、途中で俺はレイが言わんとしていることに気が付いた。


「いや待て、そんな…ありえるのか!?そんな存在が、今までこの世に存在するということが!」


だが、にわかには信じられない。いや、信じたくない。


「ねえ、師匠たちだけで盛り上がってても分かんないんだけど。あたしらにも分かるように説明してよ」


確かに周りから見れば、俺とレイだけが急に興奮し始めたように見えただろう。

俺は深呼吸をして、かみ砕いて説明する。


「いいか、ルミスは、半透明の巨大な竜と戦ったと言った。しかし、その竜は噛みつき攻撃しかしなかったらしい。そして、首までしか見えず、やがて森の奥に引っ込んでいったという」

「うん、そうだね、そう言ってたね」


全員が頷いているのを見て、話を続ける。


「俺とレイはこう考える。果たしてそれは竜なのか?それとも、巨大な新種の獣の触手の1本に過ぎないのではないか?と」

「!!」


理解したもの全員がハッと息をのんだ。

ルミスが珍しく取り乱したように反論する。


「いやしかし、本当に大きかった!頭だけで直径2~3m、長さはそれこそ見えないほど長い!そんな触手の元の獣となると、どれだけ巨大なんだ!?それは、危険度7で収まる存在なのか!?」

「落ち着けルミス。あくまで可能性の話だ。ただ、俺とレイは最悪の想定として、そういう可能性も考慮するべきだと、そういうだけだ」


全員、最悪の想定をし、黙り込むしかない。


「…この森の奥に、想像もつかない化け物が…」


コウチが呟く。

これは“四極”にとっても、他人事ではない。主な狩場である森に、そんな得体の知れない存在がいるのだ。

しかも今回、遺跡があった場所は森の比較的奥ではあるものの、最奥というわけではない。

もしかしたら今後、“四極”が立ち入るようなエリアにまで、その正体不明の…いや敢えて半透明の竜と呼ぼう。半透明の竜が出没するのだ。

ルミスだから、右耳だけで済んだ。情報が全くなかったときでも、俺だから右腕で済んだ。

残念ながら、今の“四極”では、歯が立たないどころか逃げることすら難しいかもしれない。


「す、すごい嫌な質問なのですけど…」


カーリが恐る恐る発言する。


「もし、その竜、触手に全身を飲み込まれたらどうなるのでしょうか…?」


掠るだけでその部位を真っ黒に染め、己の体の一部とは思えなくするその呪い。

黒くなり、感覚がなくとも、右腕は腐ってはいない。動かせず、感覚がないだけで生きているとはいえるだろう。

もしそれが全身に及ぶなら…。

レイが最初に口を開く。


「死なないが、全身の感覚がなくなるか?」

「いやレイ、呼吸ができないのだから死ぬんじゃないか?」

「あーそうだな。まあ、そのどっちかだ。死ぬか、ただ生きてるだけの死体になるか」


レイと俺が出した結論に、弟子たちは青ざめた。

死ねるのならば、まだいい。生きているが、全く体の感覚がないというのは、どういう状況なのだろうか。

殺してくれと喋ることもできない。自分が生きているのかも分からない。まさに生き地獄というのだろうか。


「…ガキどもは、しばらく森に近づくな。俺様と、ハゲで調査を進める。何か分かるまで、立ち入り禁止だ」

「…はい」


レイが俺の弟子たちを心配するような発言をしたことにも驚きだが、エフテルが素直に従ったことにも驚いた。

事態はそれだけひっ迫しているということだ。


「レイ」

「あ?」

「無茶せず、頑張れ。流石に1人では、な」


散々“双極”を否定してきた俺に今更なんて言えるのだろうか。言葉を探しながら、喋ったが、まとまりのない文章になってしまった。


「いってぇ!」


レイに思いっきり背中を叩かれる。

その表情は、満面の笑みだった。


「わーってるよ。俺達2人で“双極”だ。相棒が復活するまで、俺は死なねえ」

「…そうか」


それから俺達は村に戻り、村長にもその旨を伝え、ギルドを通じて、正式にアオマキ村の森は1級以上の狩人の立入りが禁止となった。

そして、流石にレイ1人に任せるわけにはいかず、街からは特級狩人の調査隊も派遣されたようだ。

基本的に秘密裏での活動と言うことで、調査隊はアオマキ村には立ち入らない。森の中で野営しているらしい。

レイは、変わらずルミスとともに、森の調査を進めている。

アオマキ村の日常は変わらない。

だが、少しだけ、空気が冷たくなったのは、季節の変化によるものだけではないだろう。

季節は冬になっていた。

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