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110 緊急依頼、蛇嵐⑩

「はぁ、はぁ…」


息を荒げているのは、アルカだ。

カーリは回転刃を構えたまま、蛇風に刃を突き立てる機会を伺っている。

対する蛇風は、体中から出血している。特に細い、下半身部分に傷が多い。

こちらのチームの闘いは、ヒットアンドアウェイという言葉が正しいだろうか。

アルカの攻撃は鱗に阻まれ、大きなダメージを与えることは叶わない。

そこでカーリの出番なのだが、回転刃は確実にダメージを与えることができるものの、致命傷まで至らせるには時間がかかる。

アルカが蛇風を攻撃し、気を引く。

その隙に、カーリが少しずつ蛇風の体に傷を入れていく。

だから一番激しく動くアルカは肩で息をしているし、カーリは隙を見逃さぬよう、集中して敵を見ている。

決して劣勢なわけではない。

当然出血が続けば蛇風も動きが鈍っていくし、そうなればカーリがトドメを刺すこともできる。

しかし、こちらの体力も無限ではない。

それにアルカ、カーリともに蛇風の全弾発射を何度か体に受けている。無傷ではない。

我慢比べだ。

先に狩人側の体力が尽きるか、獣が大きな隙を晒し、致命傷を負うか。


「…ねえ、カリシィルお嬢様、もうちょっと、かな?」


アルカは蛇風を睨んだまま、カーリに訊ねる。

しかしこれは質問ではなく、催促だ。

暗に言っている。“早くトドメを刺せ”と。

それを察しているカーリは、


「ちなみに、アルカさんの、そのわたくしの本名呼びって、親愛の証なのですか?それとも、怨恨の証ですの?」


と苦しそうな表情で言った。


「勿論、信頼の証だよ。仲が良い人にしか、呼ばせない名前でしょ?」

「そうなのですが、わたくし、別にアルカさんにその呼び名を許した覚えはないのですが…まあ、それで仲良くなれるのであれば、良いのですけれど…」

「仲良しだよ。ね、カリシィルお嬢様。で、まだかな?」

「あと少し、ですわ。もう少し…そうですわね、あと2撃ほどかと…」


アルカは額の汗を拭い、軽くその場でジャンプした。


「そう。なら、頑張ろう」


そしてまた、蛇風に切りかかる。


「syaー…」


しかし、蛇風も分かっているのだ。

アルカの攻撃は脅威ではないことを。

だから最早、回避をしない。

太い上半身を起こして、カーリだけを見ている。


「もっと私を見てよ」


アルカは、そんな蛇風の、傷口に細剣を突き立てた。


「syaaaaaaaaaa!?」


カーリによって傷だらけなその体は、逆に言えば天然の鎧がボロボロになっていることを示す。

今のように油断していると、ダイレクトな攻撃を喰らうのだ。


「そして次はわたくしの出番!」


痛みで暴れる蛇風に怯まず、突撃したカーリは、上半身には攻撃が届かないため、細い下半身に傷をつける。

しかし、暴れまわる蛇風に長時間回転刃を押し付けることは難しく、浅い傷を作るのみで終わってしまう。

結局はこの繰り返しだ。


「…ねえ、これ競り負けない?」


流石に仰向けで寝転がるのは辞めて、コウチと並んで座っているエフテルが眉をひそめながらそう言う。


「まあ、火力不足、だよな」


コウチも顎に手を当てながら呟いた。

細剣も回転刃もリーチがない。

細剣は、リーチの代わりに素早さを。

回転刃は、リーチの代わりに攻撃力を。

どちらも一長一短で、得意不得意がある。

そして、両武器には、リーチ以外にも欠点がある。

細剣は攻撃力、回転刃は瞬間火力、だ。

明確な弱点がある相手には細剣は輝く。一撃でそこを刈り取ればいい。

しかし、全身が鱗に覆われた蛇風相手にはそうはいかない。

鈍重で守りが固い相手には回転刃は輝く。堅牢な守りごと命を削り取ればいい。

しかし、激しく動き回る蛇風相手にはそうはいかない。

トータルで見れば、今回の相手に一番相性が良いのは、大剣またはコウチの槌か。

ないものねだりをしても仕方がない。

アルカとカーリは、今ある手札だけで戦わなければならない。


「自分の武器と相性の悪い相手と戦う機会なんて、この先山ほどある。多くの狩人は、そこをなんとかするんだよ」


俺が言うと、エフテルとコウチは白い目でこちらを見てきた。


「マルチウェポンのラフトは、相手によって武器を変えて狩りを行う。それは誰にでもできることではない…」

「この間、レイさんがそんな風に酒場で師匠のことを自慢してたぜ」


…俺は別だ。

しかし、自分は特別なんだよなんていうのは恥ずかしいので、特に反論はしない。


「俺は、アルカとカーリが無策で戦っているとは思わない。だからもう少し、見てろ」


特にカーリは“四極”の参謀的役割を果たすことが多い、聡明な子だ。それぞれの武器の弱点や強みを把握している。

そんなやつが、闇雲な消耗戦なんてするはずがないだろう。

第一、万が一そんな戦法を採ったなら、アルカが賛同するはずがない。

さて、戦況は動く。

先ほどカーリが言った。あと2撃ほどだと。

その2撃目が、蛇風の体に刻まれる。

アルカが気を引き、カーリが蛇風に浅く傷をつける。

しかし、蛇風も2人の雰囲気が変わったことは察している。

直立して、溜め。

全弾発射が来る。


「これで、最後に、しますのよ!」

「馬鹿!避けろ!」


俺は叫ぶ。

アルカは退いたが、カーリはそのまま、全弾発射の予備動作の隙に横なぎに回転刃で鱗と肉を削り取った。

ギリギリまで攻撃していたカーリに、もう回避する時間はない。

回転刃を捨て、両腕で顔や首などを守り、正面から全弾発射を受けるカーリ。

ヒシゴクガツマ鉱石でできたプレートアーマーのおかげで致命傷は負うまい。

しかし、このあと、戦いを継続することができない程度にはダメージを受けた。


「相変わらず無茶しすぎ。でも、良いね。本当にあと2撃だった」


アルカが高速で飛び出し、カートリッジをセット。

そして、下半身目掛けて、細剣を振り下ろした。


「細剣じゃ通らねえ!」


コウチが叫ぶ。

だが俺は確信していた。この攻撃は通る!

カーリが最後に横なぎに削ったところに刃が当たる。

当然そこには鱗はない。つまり無防備だ。

さらに、切りかかった反対側。そこにはカーリが作った浅い切れ目があった。

鱗の守りもなく、反対側に切れ目が入っている部分に、垂直に振り下ろされた細剣。

その炸裂機構による加速は、蛇風の上半身と下半身を両断せしめた。


「syaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


蛇風の口から、今日一番の悲鳴が上がる。

下半身で体を支える以上、そこがなくなれば動くことはできない。人間で言うならば、両足を切り取られた状態と同じだ。


「わたくし、“四極”の中では一番弱いと思っておりますの。エフテルやアルカさんのように身体能力が高いわけではない…」


カーリが傷ついた体を引きずりながら、回転刃を杖代わりに、動けない蛇風の頭部に向かってゆっくりと歩いていく。


「コウチのように、力があるわけでもない…でも、でも…」


そして、頭部までたどり着いたカーリは、叫びながら回転刃を蛇風の頭部に突き立てた。


「根性だけは、負けない自信がありますのよッ!!」


ギャリギャリギャリという、頭蓋と回転刃の細かい刃が擦れる音がするが、やがて貫通する。

大量の返り血を浴びながら、笑顔で刃を突き立てるカーリに、エフテルとコウチはドン引きだった。


「お嬢やべえ」

「ホラーだ…」


アルカは、その最後の攻撃で決着がついたと判断したのか、少しもつれた足並みで、俺の元までやってきた。


「師匠、やりました」

「うむ、よくやった」


俺はアルカの頭を撫でてやる。

するとアルカは、一気に疲労の波が襲ってきたのか、その場にへたり込んだ。

カーリはいまだに蛇風の頭部に回転刃を突き立てている。


「あーはっはっはっ!」


…なんか、色々と行き過ぎてハイになってるな。


「エフテル、コウチ…カーリを、回収してこい…多分限界だアレ」


怪我的にも、疲労的にも限界のはずだ。

エフテルとコウチは、とても嫌そうな顔をしながら、カーリに駆け寄っていった。

案の定、肩を叩いて声をかけただけでカーリはそのまま後ろに倒れた。


「き、気絶した…」

「今のうちに運ぼう!コウチくんは回転刃止めて、引き抜いて!」


2人はせっせとカーリを運ぶ。

カーリは目が覚めたら説教だ。

こうして蛇嵐になりかけの、危険な蛇風の討伐は完了した。


「皆、おつかれさま!」


あとは、“豊穣の奏”の2人の闘いだ。

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