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勇者の愛猫  作者: 海堂 岬
本編
9/43

第8話 シュザンヌ視点 気付いたら全て終わっておりました

 気づいたら、すべて終わっておりました。


 わたくしは、見慣れた寝台で目を覚ましました。わたくしが長く猫になっており、一時期は行方不明だったと両親から聞かされて、とても驚きました。


 家族も驚いたことでしょう。散々探して見つからなかったわたくしを、使者達が連れてきたのですもの。


 猫に変化していたわたくしの首にあった首輪に、テオドール様が縫い付けた手紙と指輪は、人に戻ったわたくしが、受け取りました。お手紙にお返事を書いたところで、テオドール様、あなたに届くことはないとおもうと、悲しゅうございます。


 わたくしは、猫に変化する魔法を使うことができます。いいえ、使えるなどおこがましい。使いこなせませんもの。変化の魔法は、本来は非常に高度な魔法なのです。わたくしのように、魔法使いでもないのに、偶然使えるだけの貴族の娘には、身に余るものです。


 猫と人の姿を自由に行き来することもできません。猫になったとき、己が人であることを、覚えているとは限りません。なんとも不自由なものです。


 テオドール様、あなたと過ごしたあの懐かしい日々、わたくしは、ほとんど猫でした。あまりに長い間、猫として過ごしたためでしょうか。どれほどの間のことだったのか、あまり良く覚えてはおりません。


 ぼんやりした記憶のなかでも、テオドール様の優しさは覚えております。美味しいお食事を用意してくださり、毛づくろいをしてくださり、たくさん遊んでくださいました。優しいご主人でした。


「かわいいシュザンヌ、かわいがってもらいなよ」

あの一言が、わたくしにとっての、テオドール様の最期のお言葉となってしまいました。


 テオドール様が、わたくしの首輪に縫い付けた手紙には、わたくしへの思慕と、どうか幸せにという言葉と、できればこの猫を、引き取って可愛がってやってほしいと、(つづ)られておりました。


 指輪はわたくしの指には少し大きいものでした。わたくしの指輪の大きさも、ご存知ないくらいのお付き合いであったことと、それでも慕ってくださっていたことに、わたくし、泣いてしまいました。


 花束を抱えて、泣きそうな顔で、今日も会ってもらえなかったとおっしゃっていた、おかわいそうなテオドール様。当時、わたくしは猫に変化して、テオドール様のお部屋で、のんびり寛いでおりましたもの。会えるはずもございません。


 両親も、わたくしの行方不明、おそらくは、猫に変化して、猫らしくどこかへ行ってしまったということを、口にできなかったのでしょう。それはそうです。醜聞(しゅうぶん)ですもの。


 何も知らされないまま、傷ついておられたテオドール様。わたくしには、婚約者など、あなた以外にはおりません。変化の魔法を使いこなせないわたくしは、婚姻など、最初から諦めておりました。


 突然猫になる女と夫婦(めおと)になりたい殿方が、いらっしゃるとは思いませんでしたもの。


 お屋敷で魔王討伐のための鍛錬に励まれるテオドール様のお姿に、魔王討伐の出立式に臨まれた時のテオドール様のお覚悟に満ちた凛々しいお姿に、わたくし、憧れました。


 嫁ぐことなど諦めていたはずですのに。わたくし、両親にお願いしたのです。出来ることならば、テオドール様が、魔王討伐から無事帰還されたら、あの方に嫁ぎたいと。伯父夫婦と両親は、驚きながらも、わたくしに約束してくださいました。


 魔王討伐を成し遂げられたあなたの御帰還、本当にうれしゅうございました。


 あなたとのお茶会、わたくしも嬉しかったのですよ。貴族の作法など知らないからと、お慌てになったそうですね。きちんとしなければと、魔王討伐隊で知り合いだった方に、作法を教えてくれと、お願いなさったでしょう。


 わたくし、知っておりましてよ。


 あなたのお作法の先生は、両親があなたのお人柄を知るために送り込んだ、我が家の家臣でしたの。テオドール様、あなたのことを褒めておりましたのよ。わたくし、自分のことのように、嬉しく思いました。


 魔王の復活は、あなたがおっしゃっていたとおり、狂言でした。でも、テオドール様。あなたも誤解なさっていたことがあります。魔王復活を捏造(ねつぞう)したのは、ごく一部の貴族です。


 魔王による災厄、この国を襲った虚無を知ることが出来たのは、魔力を持つ者だけでございました。虚無を偽りだと言えば、自ら魔力無しだと名乗り出ると同じこと。貴族は、表立っては誰も、魔王討伐隊には反対しませんでした。


 魔力無しの貴族の中に、虚無も魔王復活も王家の捏造だと考えた者達がおりました。貴族の大半は魔力の有無に関わらず、領地の領民の人数、収穫量、税収などの奇妙な変化から、虚無が国を襲っていることを理解しましたのに。


 虚無も魔王復活も疑う愚か者であるのに、なぜか魔王討伐を成し遂げられたテオドール様の権威だけは信じたようです。わたくしとテオドール様との婚約を、どこかから聞きつけ、公爵家が威を増すことを恐れ、愚かな計画を立てたのです。魔王復活を捏造し、テオドール様を辺境へ誘き寄せ襲撃し殺害する計画は、失敗したというのに。テオドール様、もう二度とお会いできないというのが、悲しゅうございます。


「魔王の復活はない。僕にはわかる。これは僕を始末するための狂言だ。それくらいわかるよ。孤児院育ちだからって、見くびってもらったら困るね。君たちの望み通り、消えてあげる。さようなら」


 テオドール様、あなたの最期の言葉は、あまりにも悲しいものです。わたくしの言葉は、あなたへは届かないでしょうが。陛下も、わたくし達貴族も、決してあなたを疎んじてなど、おりませんでした。


 あなたが出立なさってから、事実がわかりました。王都からは、あなたに知らせるために、使者が送られました。たった一日、間に合わなかったことが、本当に残念です。


 崖から身を投げてしまわれたなんて。あなたは最期、微笑んでおられたそうですね。先に旅立たれた方々のことを、思い出しておられたのでしょうか。懐かしい方々に、お会いになられましたでしょうか。今は、心安らかにおすごしでしょうか。


 あと一日、あと一日早ければと思います。テオドール様。本当に本当に残念です。猫に変化したわたくしを、優しく撫でてくださった、あなたの手が、懐かしいです。優しく呼んで下さった、あなたのお声を、もう一度お聞きしたいのです。でももうそれは、叶わないことです。


 もうあの優しい大きな手で、わたくしを撫でてくださることはないと思うと、泣けてきます。


 間に合わなかった使者を、責めることはできません。彼は、考えられる限り、最速の手段で、魔王討伐隊のもとに走ったのですから。それでも、間に合っていたらと、思ってしまうのは、人の(ごう)でしょう。


 魔王を討伐しながらも、人の策に陥れられ、命を絶たれたテオドール様の功績を称え、悲劇を悼む慰霊碑に、わたくしは、わたくしとテオドール様の思い出を刻みました。


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[一言] 例え大怪我をしたとしても。例え記憶を失ったとしても。 きっと生きて帰ってきてくれると、信じています。 今からでも遅くないよテオドール。早く帰っておいで。 愛しの婚約者兼愛しのお猫さまを泣かし…
[気になる点] 誰も結婚したいと思わないと考えられている突然猫になる女を王命で押し付けて隠したまま結婚させるつもりだったってこと? それが国を救った勇者に対する仕打ち? 結婚すればどうせバレるのに 後…
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