第8話 シュザンヌ視点 気付いたら全て終わっておりました
気づいたら、すべて終わっておりました。
わたくしは、見慣れた寝台で目を覚ましました。わたくしが長く猫になっており、一時期は行方不明だったと両親から聞かされて、とても驚きました。
家族も驚いたことでしょう。散々探して見つからなかったわたくしを、使者達が連れてきたのですもの。
猫に変化していたわたくしの首にあった首輪に、テオドール様が縫い付けた手紙と指輪は、人に戻ったわたくしが、受け取りました。お手紙にお返事を書いたところで、テオドール様、あなたに届くことはないとおもうと、悲しゅうございます。
わたくしは、猫に変化する魔法を使うことができます。いいえ、使えるなどおこがましい。使いこなせませんもの。変化の魔法は、本来は非常に高度な魔法なのです。わたくしのように、魔法使いでもないのに、偶然使えるだけの貴族の娘には、身に余るものです。
猫と人の姿を自由に行き来することもできません。猫になったとき、己が人であることを、覚えているとは限りません。なんとも不自由なものです。
テオドール様、あなたと過ごしたあの懐かしい日々、わたくしは、ほとんど猫でした。あまりに長い間、猫として過ごしたためでしょうか。どれほどの間のことだったのか、あまり良く覚えてはおりません。
ぼんやりした記憶のなかでも、テオドール様の優しさは覚えております。美味しいお食事を用意してくださり、毛づくろいをしてくださり、たくさん遊んでくださいました。優しいご主人でした。
「かわいいシュザンヌ、かわいがってもらいなよ」
あの一言が、わたくしにとっての、テオドール様の最期のお言葉となってしまいました。
テオドール様が、わたくしの首輪に縫い付けた手紙には、わたくしへの思慕と、どうか幸せにという言葉と、できればこの猫を、引き取って可愛がってやってほしいと、綴られておりました。
指輪はわたくしの指には少し大きいものでした。わたくしの指輪の大きさも、ご存知ないくらいのお付き合いであったことと、それでも慕ってくださっていたことに、わたくし、泣いてしまいました。
花束を抱えて、泣きそうな顔で、今日も会ってもらえなかったとおっしゃっていた、おかわいそうなテオドール様。当時、わたくしは猫に変化して、テオドール様のお部屋で、のんびり寛いでおりましたもの。会えるはずもございません。
両親も、わたくしの行方不明、おそらくは、猫に変化して、猫らしくどこかへ行ってしまったということを、口にできなかったのでしょう。それはそうです。醜聞ですもの。
何も知らされないまま、傷ついておられたテオドール様。わたくしには、婚約者など、あなた以外にはおりません。変化の魔法を使いこなせないわたくしは、婚姻など、最初から諦めておりました。
突然猫になる女と夫婦になりたい殿方が、いらっしゃるとは思いませんでしたもの。
お屋敷で魔王討伐のための鍛錬に励まれるテオドール様のお姿に、魔王討伐の出立式に臨まれた時のテオドール様のお覚悟に満ちた凛々しいお姿に、わたくし、憧れました。
嫁ぐことなど諦めていたはずですのに。わたくし、両親にお願いしたのです。出来ることならば、テオドール様が、魔王討伐から無事帰還されたら、あの方に嫁ぎたいと。伯父夫婦と両親は、驚きながらも、わたくしに約束してくださいました。
魔王討伐を成し遂げられたあなたの御帰還、本当にうれしゅうございました。
あなたとのお茶会、わたくしも嬉しかったのですよ。貴族の作法など知らないからと、お慌てになったそうですね。きちんとしなければと、魔王討伐隊で知り合いだった方に、作法を教えてくれと、お願いなさったでしょう。
わたくし、知っておりましてよ。
あなたのお作法の先生は、両親があなたのお人柄を知るために送り込んだ、我が家の家臣でしたの。テオドール様、あなたのことを褒めておりましたのよ。わたくし、自分のことのように、嬉しく思いました。
魔王の復活は、あなたがおっしゃっていたとおり、狂言でした。でも、テオドール様。あなたも誤解なさっていたことがあります。魔王復活を捏造したのは、ごく一部の貴族です。
魔王による災厄、この国を襲った虚無を知ることが出来たのは、魔力を持つ者だけでございました。虚無を偽りだと言えば、自ら魔力無しだと名乗り出ると同じこと。貴族は、表立っては誰も、魔王討伐隊には反対しませんでした。
魔力無しの貴族の中に、虚無も魔王復活も王家の捏造だと考えた者達がおりました。貴族の大半は魔力の有無に関わらず、領地の領民の人数、収穫量、税収などの奇妙な変化から、虚無が国を襲っていることを理解しましたのに。
虚無も魔王復活も疑う愚か者であるのに、なぜか魔王討伐を成し遂げられたテオドール様の権威だけは信じたようです。わたくしとテオドール様との婚約を、どこかから聞きつけ、公爵家が威を増すことを恐れ、愚かな計画を立てたのです。魔王復活を捏造し、テオドール様を辺境へ誘き寄せ襲撃し殺害する計画は、失敗したというのに。テオドール様、もう二度とお会いできないというのが、悲しゅうございます。
「魔王の復活はない。僕にはわかる。これは僕を始末するための狂言だ。それくらいわかるよ。孤児院育ちだからって、見くびってもらったら困るね。君たちの望み通り、消えてあげる。さようなら」
テオドール様、あなたの最期の言葉は、あまりにも悲しいものです。わたくしの言葉は、あなたへは届かないでしょうが。陛下も、わたくし達貴族も、決してあなたを疎んじてなど、おりませんでした。
あなたが出立なさってから、事実がわかりました。王都からは、あなたに知らせるために、使者が送られました。たった一日、間に合わなかったことが、本当に残念です。
崖から身を投げてしまわれたなんて。あなたは最期、微笑んでおられたそうですね。先に旅立たれた方々のことを、思い出しておられたのでしょうか。懐かしい方々に、お会いになられましたでしょうか。今は、心安らかにおすごしでしょうか。
あと一日、あと一日早ければと思います。テオドール様。本当に本当に残念です。猫に変化したわたくしを、優しく撫でてくださった、あなたの手が、懐かしいです。優しく呼んで下さった、あなたのお声を、もう一度お聞きしたいのです。でももうそれは、叶わないことです。
もうあの優しい大きな手で、わたくしを撫でてくださることはないと思うと、泣けてきます。
間に合わなかった使者を、責めることはできません。彼は、考えられる限り、最速の手段で、魔王討伐隊のもとに走ったのですから。それでも、間に合っていたらと、思ってしまうのは、人の業でしょう。
魔王を討伐しながらも、人の策に陥れられ、命を絶たれたテオドール様の功績を称え、悲劇を悼む慰霊碑に、わたくしは、わたくしとテオドール様の思い出を刻みました。