第7話 公爵視点 間に合わなかった使者
「ご苦労だった」
それ以外、私は言葉を見つけることが出来なかった。
「申し訳なく」
「いや。前たちは責められるべきではない。咎を負うのは下らぬことを企んだ下賤な者共だ」
兄は使者達の謝罪を遮った。
「既に己の罪を命で贖わせたが」
咎人の命を奪ったところで、死んだ者は還らない。腹立たしさは消えない。奴らの計略を見抜けなかった己が何より許せない。
使者達は最善を尽くした。魔王復活が捏造であり、テオドールをおびき寄せるための罠であることを伝え、テオドールを保護するために急いだ彼らの旅は、たった一日の差で間に合わなかった。
テオドールは還らぬ人となった。そうなることを、テオドールは選んでしまった。私達は知らず、テオドールを追い詰めてしまっていた。
あと一日だ。どうして使者達はあと一日早く合流できなかったのか、どうしてテオドールはあと一日悲しい決断をすることを先にしてくれなかったのか。いかに悔いても無駄なことだ。それもこれも、下らぬ猜疑心で愚かな計画を立てた下賤な者達が原因だ。あの頃に時が戻るならば、あの日の兄と私に罪人共の計画を伝えたい。だが、それは無理な話だ。屋敷へと戻る馬車で、私は人知れず涙を流した。
「あなたも、御自分を責めるべきではありませんわ」
屋敷に戻った私に、妻は優しい言葉をかけてくれるが、私の罪悪感が薄れることはない。後悔が消えることはない。
魔王の復活は捏造だった。兄と私はそれ見抜けず、テオドールに二度目の魔王討伐を命じた。
テオドールは還らぬ人となった。テオドールは前回の旅で無二の相棒だった聖剣を投げ捨て、崖から身を投げたのだ。
「魔王の復活はない。僕にはわかる。これは僕を始末するための狂言だ。それくらいわかるよ。孤児院育ちだからって、見くびってもらったら困るね。君たちの望み通り、消えてあげる。さようなら」
テオドールの最期の言葉は、あまりに悲しいものだった。
知っていたのなら、何故、私に一言相談してくれなかったのだ。私の心の声は、脳裏に浮かぶ別れ際の凪いだ瞳のテオドールには届かない。せめて聖剣を身に着けていてくれたら、聖剣が彼を守ってくれたのではと期待をしたが無理なことだ。テオドールはあくまで誠実に、聖剣を王家に返そうと思ったのだろう。
「すでにかの者達は己の命で償ったとはいえ、いや、償ったとは言えんな」
妻と私がただ後悔に苛まれていたときだ。
侍従長が屋敷への来客を告げた。使者達だ。まだ何が用あるのかと、訝しく思いながら私は彼らを屋敷に招き入れることにした。
「勇者様の天幕に、この籠が残されていました。これだけは公爵家へ届けて欲しいとの紙片が添えられていました。どうかお納めください」
使者達が差し出した籠の中を見て、私は心底驚いた。
あれ程探して見つからなかった娘シュザンヌが、猫に変化したままで、籠の中にいた。
「勇者様が、大変に可愛がっておられた猫だそうです」
「できれば、お嬢様に育てていただきたいと、このように紙片にありました」
私は、猫を大切に育てると約束し、籠ごとうけとった。
猫に変化したままのシュザンヌは、自分が人だということを、完全に忘れているようだった。今までは、程度の差こそあれ、自分が人であることを覚えていた。珍しいことに、今回は、何から何まで猫だった。シュザンヌは、私達が家族だということもわからないようだった。
シュザンヌは、籠の中にあった端切れを縫い合わせてネズミを模した玩具や、鈴の音がする鞠で、夢中になって遊んでいた。
身寄りのないテオドールの遺品は親族になるはずだった私達が引き取った。報奨金もあったというのに、何一つ贅沢なものなどなかった。周囲の人々に聞いても慎ましく暮らしていたとの返事ばかりだった。まさかあの勇者テオドールと同一人物だったとはと、驚かれた。
遺品には沢山の猫のための玩具があった。猫のための寝台やトイレまで、何もかもが揃っていた。テオドールの手作りらしい端切れを縫い合わせた玩具には、何度も繕ったあとがあった。シュザンヌは、可愛がられていたのだろう。
「シュザンヌは、このまま猫でいるつもりかい」
息子の言葉にも、シュザンヌは、無愛想に尻尾を振るだけで、玩具を手放そうとはしなかった。
早朝、猫に变化したままのシュザンヌは、甘えた声で鳴きながら、屋敷の中を歩き回った。
「なーお」
扉を一つ一つ開けていく音がする。テオドールを探しているのだ。
「なーお」
シュザンヌの秘密を知る侍女頭が、根気よく、シュザンヌに付き合ってくれている。
「なーお」
「失礼いたします」
執務室の扉があいた。シュザンヌがトコトコと走ってくる。人であることを忘れているらしいシュザンヌは、私達両親や、兄である息子が家族とは、分からないようだ。
執務室の中を歩き回り、私や息子の脚に、適当に体を擦り付け、おざなりな挨拶をすると、また出ていく。
「失礼いたしました」
侍女頭が扉を閉めても、シュザンヌの声は聞こえてくる。
「なーお」
あの若者、テオドールを呼びながら、シュザンヌは屋敷を歩く。だが、シュザンヌの呼びかけに、答える声はない。
「なーお」
声が消えて言った先を見つめていた息子が、溜息を吐いた。
「シュザンヌは、今のままのほうが、よいのかもしれませんね」
息子の言葉に私は驚いた。
「なぜ」
「知らぬ間に、テオドールが還らぬ人となったなど、聞いたら、人のシュザンヌがどう思うでしょうか。猫のままであれば、居ないことはわかっても、もう二度と還らないということまでは理解しないでしょうから」
「探し続けろというのか」
「では、悲しめと」
息子の言葉に、私は答えをもたなかった。
「なーお」
シュザンヌは毎日、甘えた声で鳴き、テオドールを探していた。シュザンヌの首輪の内側に、丁寧に手紙が縫い付けてあることに、侍女頭が気づいた。
手紙には、一言の恨み言もなかった。ただ、シュザンヌの幸せを願い、猫を可愛がってやってほしいとだけあった。シュザンヌの瞳の色の石が光る指輪に、妻が泣いた。国からの報奨金があったのに、テオドールの遺品には、高価なものは何一つなかった。彼が購入した、たった一つの贅沢品が、シュザンヌへの贈り物だった。
私も妻も息子も、ただ涙を流した。猫のシュザンヌだけが不思議そうに私達を見上げ、私達を慰めるかのように涙に濡れた頬を舐めてくれた。