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勇者の愛猫  作者: 海堂 岬
本編
7/43

幕間 孤児テオドールから勇者テオドールへ

 町に人を送ったはずだった。


 目的地は、瘴気漂う森になり、近寄ることすら不可能です。その報告に兄と私は言葉を失った。子供の頃、毎年夏を過ごした町の残酷な消息を信じたくなかった。何が起こっているのかわからないでいる間に、次々と町や村が消え、瘴気に沈んだ森となり、森から現れた魔物が人を襲うようになった。さらに恐ろしいことに、町も村も消えると同時に、大半の人々の記憶から消えた。


 消えた町や村を知るのは、その場所に強い思い入れがあり、ある程度以上の魔力を持つ者だけとなった。


 極一部の、忘却を免れた者達だけが、国が次々と欠けていく事に気づいた。魔法使い達を含めた魔力を持つ者達だけが気付いた現象は、虚無と呼ばれた。


 国は混乱した。虚無を知る者と、知ることが出来ない者は互いに疑心暗鬼になった。


 魔法使いは当然全員魔力を持つ。だが、貴族には魔力を持たない者もいる。事態を突き止めようと躍起なる魔法使いや貴族達を、嘲笑う貴族は少なからずいた。悲惨だったのは平民だ。魔力を持つ者が少ないために、事実を口にしただけで、周囲から惨殺された者もいた。魔力持ち達が集団で異常になったのだと、あちこちで囁かれた。魔力を持たない貴族の一部には、好機と考え反乱を企てた者もいた。


 学者達が、地図に存在しないはずの町や村が描かれていると言い出した。武官達が、遠征の記録に存在しない町と村の記録があると言い出した。文官達が、帳簿が合わないと言い出した。あるはずの物が無い証拠が次々と見つかった。魔力の有無は関係なくなった。


 ようやく、町や村の消失は事実だと多くの人が知るようになっても、混乱は収まらなかった。次はどこが消えるかを恐れ、地方によっては恐慌状態に陥った。

 

 町や村があった場所が、瘴気に覆われ魔物が満ちた土地へと変貌を遂げた理由が、魔王復活と判明したのはさらに後だ。


 魔王の復活が疑われた理由は幾つかある。一つには魔法使い達が、何かがおかしい。世界の魔法の(ことわり)そのものが異常だと訴えたこと。決定的だったのは、宝物庫で、仄かに光を放つ壁が見つかり、隠し戸棚から古びた剣が見つかったことだ。


 学者たちが、多くの文献から失われていた古来からの伝承を探し当てた。宝物庫の最奥にあった隠し戸棚に大切に保管されていた古びた剣は、(いにしえ)の時代、魔王を倒した聖剣だった。


 魔物に住処を追われた鉱夫達が坑道から掘り出した鉱石と、魔物に山を焼かれた炭鉱夫達が炭坑から掘り出した石炭を、魔物に襲われながらも商人達が命懸けで運び、多くの魔法使いが魔力を注ぎ込み、魔物に家族を奪われた刀鍛冶達が心血を注ぎ鍛え上げ、勇者が死闘の末に魔王を倒した聖剣だった。


 聖剣が納められた箱には、古い文字が刻まれれていた。

「魔王復活の時、聖剣は目覚める。我が友の眠りが長くあることを願う」


 魔王という寝物語の存在が、今再び現世(うつしよ)に現れ、聖剣が目覚めたのだ。


 聖剣は己と共に魔王を倒す者の手によってのみ、解き放たれると古文書にあったとおり、誰も剣を抜く事ができなかった。息子が抜くことが出来なかった時、私は安堵し、息子は悔しがった。聖剣は鞘に包まれたままの刃から光を放ちながらも、誰にもその刀身を見せようとしなかった。


 聖剣を鞘から抜き放ったのは、孤児院にいた少年テオドールだった。あの町、兄と私が夏を過ごした町のたった一人の生き残りだ。孤児院で育ち、院長の手伝いをしていたという。天涯孤独となった少年は、王都の孤児院で下働きをしていた。

「あの日、何かが来るのがわかりました。院長先生と皆と、一緒に逃げたのに。気付いたら僕一人でした。皆、何かに飲み込まれて消えてしまいました」

少年は悲しげに身の上を語り、涙を流した。虚無から逃げ延びた唯一の生き残りだった。


「この国は今、次々と欠けていっている。虚無と我々は呼んでいる」

私の言葉に少年は頷いた。

「長く宝物庫にあったこの聖剣が、光を放った。聖剣は、眠りから目を覚ました。魔王が聖剣を抜くことが出来るのは、魔王を倒せる者だ」

兄の言葉に、少年の涙が止まった。

「この聖剣はかつて魔王を倒した。その時からずっと、宝物庫で眠っていた。いつか魔王が現れた時、この剣を抜くものが現れる。古来からの伝承だ」

「でも、僕は、剣を使ったことなどありません」

兄と私は順に剣を鞘から抜こうとしてみせた。当然だが、剣は微塵も動かない。私達に付き添っていた騎士達も同じようにやってみせた。どれほど力を込めても聖剣は抜けないのだ。


 少年、テオドールは唖然として私達を見ていた。自分が容易に抜いた剣を誰も抜けないというのが信じられないのだろう。

「もう一度、抜いてみなさい」

聖剣は何事もなかったように、テオドールの手に導かれ、光る刀身を表した。


「剣の扱いは覚えれば良い。教えることが出来る者はいくらでもいる」

「かつて魔王を倒したこの聖剣を抜くことが出来るのは君だけだ」


 テオドールは光る刀身を眺めていた。

「魔王を倒すことが出来ますか」

テオドールの言葉に応えるかのように、刀身が明滅(めいめつ)し、私達は息を呑んだ。

「院長先生の、仲間の、町の人達の(かたき)を、君は僕に協力してくれるの」

聖剣の刀身がテオドールの言葉に応えるように強く光った。


「言葉が聞こえるのか」

「いえ。でもわかります。院長先生と、仲間と、町の人の声が」

テオドールの頬を涙が伝わった。

「僕は、皆の(かたき)を取りたい」

テオドールはその日から、私の屋敷で暮らすようになった。


 剣を教え、槍に慣れさせ、弓を覚えさせた。乗馬を教え、御者の真似事もさせた。ほんの少しだけ使えるという魔法も、魔法使いたちが精度と威力が増すように特訓を施した。どれほど探しても、テオドール以外に聖剣を抜けるものはいなかった。テオドールが魔王討伐の唯一の希望だった。皆、彼を教えようと必死で、彼も覚えようと必死だった。


 故郷を失い、人々に失った故郷のことを忘れさられ、打ちひしがれていた少年は、急速に成長し逞しい青年になった。

「魔王はあちらにいます。今、行かなければなりません。聖剣もそう言っています。旅の途中でも訓練は続ける事ができます。出立の許可をください」

テオドールが何に促されたのかは解らない。彼の言葉通りであれば、聖剣が出立の時を告げたのだ。


 兄と私は、半信半疑ながらも、魔王討伐の唯一の切り札、テオドールを送り出すと決めた。魔王討伐隊の出立式は、我々虚無の発生を知り魔王の復活を信じる者達と、虚無にすら気づかず魔王復活を茶番と内心嘲笑う者達が入り乱れる異様な雰囲気に包まれていた。


 テオドールが堂々と魔王討伐を誓ったとき、聖剣が目が眩むほどの強い光を放ち、荘厳な雰囲気に包まれた。私達の希望が、聖剣の使い手テオドールだと、人々の心に刻まれた出立式だった。

 



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これからもお付き合いをいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここからハッピーエンドに持ち込む道筋が全く見えません。 故に期待が高まります。
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