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勇者の愛猫  作者: 海堂 岬
猫屋敷の庭師
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9)雪の日の猫屋敷

 吹雪に覆われ真っ黒だった空が、少し明るくなってきた。王都を覆う吹雪は、少しずつ勢力を落としている。以前のように十日近くも吹雪が続くことはなくなった。


 猫屋敷では、猫で暖をとる人が多い。思いがけないところで公爵家の方々が寛いでいることに、俺も驚かなくなってしまった。貴族の方々も、俺たち使用人も寒いものは寒い。猫は温かい。人間は猫で暖をとり、猫は人間で暖をとる。良いことだ。全員が幸せだ。誰も不幸にならない。


「そろそろ休憩できた頃だと思うが」

「ん、俺元気」

猫にまみれている若様とフェルナン様の言葉に、テオドール様が笑った。テオドール様の腕のなかには、お屋敷で一番毛並みの良い猫が収まっている。


 テオドール様お気に入りの猫だ。艶々とした美しい毛並みの猫は、よくテオドール様に抱かれて屋敷を移動している。あそこまで可愛がってもらったら、他の人間には懐かないのもよく分かる。


 テオドール様が抱く猫が、嬉しそうにテオドール様に戯れついた。

「お願い出来ますか」

「明日は晴れる。ちょうどよい」


 その日の晩だ。

「明日は仕事は休みだ。俺たち庭師以外もな」

「じゃあ、明日ですね」

仲間たちは楽しげだ。

「何が明日にあるのですか」

俺の言葉にかえってきたのは、人の悪い笑みだけだった。

「ま、明日になればわかるから」

同じ庭師の仲間なのに。酷い奴らだ。


 翌朝だ。


 脇腹に生暖かい息を感じて振り返った俺は、腰を抜かした。とてつもなく大きい黒猫がいた。俺に軽く体を擦り付けてから、悠々と庭へ向かって歩いていく。

「え」

その背中に、あのテオドール様お気入りの猫が乗っかっていた。


 次々と俺の足元を通り過ぎた猫たちが、黒猫の後を一生懸命おいかけていく。どの猫も尻尾をピンと立てて、楽しそうだ。黒猫も後ろをついてくる猫のためだろう。ゆっくりゆっくり歩いている。猫だ。物音一つ立てずに歩く様子は猫そのものだ。ただし、大きさが猫ではない。前の旦那様のお屋敷にいた一番大きな犬よりも、一回りは大きい猫だ。


 大きな猟犬よりもさらに大きな猫だ。それこそ、子猫なぞ、一口で丸呑みできそうだ。背中にあのテオドール様の猫がいなかったら、俺は叫んでいただろう。あの猫は、テオドール様が文字通り、猫可愛がりしている猫だ。

「危なく、ないよな」

テオドール様があの可愛がっている猫を危ない目に合わせるわけがない。


 俺の視線の先で、黒猫は、廊下の薄暗がりに溶け込んだあと、窓から庭に飛び出していった。


「テオー! 待ってたぞ、遊ぼう! 」

聞こえてきたフェルナン様の声に、俺は耳を疑った。


 フェルナン様がテオと呼ぶのはテオドール様だ。あの綺麗な猫を可愛がっているのはテオドール様だ。あの大きな黒猫は。

「この屋敷で働く以上、誓約魔法が必要な理由の一つがあれだな」

若様が俺のとなりにおられた。

「はい」

やっぱりそうなのかという信じられない思いと、それはそうだろうという納得が俺のなかで混ざらずにぶつかり合っている。

「他にも少しある。それを見てから決めたら良い。今日一日だ。忘れてもらうくらいのことは出来るからね」


 若様は、本当は次期公爵様ではなくて、魔法使いじゃないのか。俺の疑問は、窓から飛び出して行った若様のせいで消えてしまった。


 大雪で扉は開かない。出入り口の大半は窓だ。屋敷と庭をつなぐ窓の外からは、わゎわぁと楽しそうに遊んでいる声が聞こえる。大人の声が混じっている。仕事は休みだと言っていた仲間の声が聞こえてくる。


「楽しそうね」

若奥様も窓から庭へと、優雅に出ていかれた。


 窓の外では、若様とフェルナン様が魔法で巨大な雪山を作り上げていた。どんどん高くなっていく雪山を、あの黒猫が崩れる足元をものともせずに登っている。その後ろには、さっきの猫たちらしい毛玉が一生懸命ついていっている。


「何だ。お前はこないのか? 楽しいのに」

「今日はみんなで遊ぶ日なのに」

窓から俺を見たのは、腕白ども、ではなくて、公爵様のお孫さまたちだ。確かに俺はいつも庭にいる。だが、それは仕事であって、腕白たちの相手をするためではない。ただし、庭師の中では比較的若い俺が、腕白たちの無茶を止めることが多い。俺は教育係ではないのだが。


 窓の外からは、老若男女の楽しそうな声がする。

「今日は休みだろう」

腕白の誘い文句に俺は負けた。


前の旦那様のお屋敷にいた一番大きな犬(猟犬)は、作者の想像ではボルゾイです。

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