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勇者の愛猫  作者: 海堂 岬
猫屋敷の庭師
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5)勇者様

 穏やかに微笑んでおられることが多いから忘れがちだけど、テオドール様は魔王を斃した御方だ。


 騎士達の訓練の見物に来た俺の口は開けっ放しになってしまった。それまでも訓練は見たことはあった。王家と並ぶ王国最強の騎士団の訓練だ。男の浪漫だ。見て当然だ。暇さえあれば、特に猫にかまってもらえない間は、俺はよく訓練を見に来ていた。


「な、見に来たかいあるだろ」

誘ってくれた同僚の言葉に、頷くだけで精一杯だ。


 気迫が違った。


 公爵家の騎士団は、全員ではないけれど、魔法を使える。剣や槍の切れ味を増したり、鎧を頑丈にしたりが大半だそうだ。魔法をぶつけ合うのは魔法使いの仕事だ。


 テオドール様の戦いは違った。どちらでもなかった。魔法を纏い、自由自在に武器を振り回し、もちろん切れないようにしてはあるけれど、次々と訓練相手を打ち負かしていた。誰かと組んだときは、組んだ相手が戦いやすいように、一人のときは、息をするように魔法も剣術も何もかもが素晴らしかった。

「だからここの騎士団は最強なのさ。少々柵が壊れたり、他も色々壊れっけど、結局は、俺たちや俺の家族を守ってくれるわけだから、ま、頑張るかって思えるわけよ。俺の両親が住んでる村の盗賊も退治して下さったしな」

「盗賊? 」

仲間の話は初耳だった。


「あぁ、あんまり有名じゃないよな。テオドール様はご自身の手柄を言いふらすような御方じゃねぇし。盗賊がいたってなると、退治された後でもあそこは危ねぇって村の評判悪くなるからってんで村長たちも書類だけで済ませちまったからな。なんか、フェルナン様のお話じゃぁ、他にも似たようなことあるらしいし」

「フェルナン様? 」

聞き慣れない名を俺が口にしたときだ。

「呼んだ? 」

突然現れた魔法使いに、俺は驚いた


「あ、フェルナン様、おかえりなさいませ」

「ただいま。あぁ、君が新しい庭師か。俺、ついついあちこち壊しちまうけどよろしくね」

「はぁ。よろしくお願いします」

魔法使いらしい挨拶だ。屈託のない笑顔で、何かちょっと騙されたような気もする。


「俺の村の近くに居た盗賊、フェルナン様も退治してくださったんですよね。確か」

同僚の言葉に、フェルナン様は首を傾げた。

「うーん。多分そうだろうけど、どこの村とか町とかってあまりおぼえてないからなぁ。御家族は無事だったの」

「はい」

「なら良かったね」

魔法使いの頭の中には、魔法が詰まっていると村の爺さんたちは言っていた。なんとなく今、その意味がわかった。でも、家族の安否を心配してくれるのだから優しい人なのだろう。


「あの」

俺は思い切ってフェルナン様に話しかけた。黒い外套に身を包む魔法使いをこんなに身近で見たのは初めてだけど、この人なら話しかけても良さそうな気がした。

「何? 」

「盗賊退治ってそんなにしょっちゅうあるものですか」

俺の言葉にフェルナン様が顔をしかめた。

「まぁ、そうだね。困ったことにさ、ほら、テオが色々植えると育つようになるから、村に食いもんがあるだろ。村の人の食いもん狙って盗賊来るんだよね。酷いもんだよ。食いもんくらい自分で育てろよ。いろいろ育つようになるために、テオがあちこち旅して回ってんのにさ。虚無に呑まれて沢山人がいなくなったから、どこも人では足りねぇってのに。働き口はいくらでもあるのにさ」

フェルナン様のお言葉に、俺も仲間も頷いていた。


「おまけにさぁ、テオの奴、優しいからさぁ」

フェルナン様の顰め面が、苦笑になった。

「あいつさぁ、盗賊相手に説得しようとするのさ。ま、たしかにほら、村長とかが、相談に見せかけて気に入らないやつを消しちまえってこともあるからさ。相手の希望も聞いてやらえねぇといけねぇってのは、俺もわかるけど。で、まぁ、大抵っつーか、弱っちいやつほど、テオのこと見抜けねぇからな。でま、仕方ないからお片付けってわけさ」

「お片付けですか」

俺はフェルナン様の言葉を繰り返した。片付けるといっても、人間だ。どこに片付けておくんだろうか。


「そ。ま、あれだ。俺とテオの打ち合わせ聞いたら、騎士団の新人の大半がぶっ倒れるんだよね。だから内緒」

「はぁ」

俺のしまりのない相槌に、フェルナン様が苦笑した。

「綺麗さっぱり片付けちまうから、逃げ出したやつがどこかで吹聴するとか出来ないからさ。あんまり知られてないんだよね」


 俺は庭師だ。木を育て、花を咲かせるのが仕事だが、落ち葉や枯れ枝を綺麗さっぱり片付けるのも仕事だ。


 なんとなく、薄々だけど、俺はフェルナン様のおっしゃる「片付け」の意味を察した。確かに、知らないほうが良さそうだ。それ以上は聞かないことにした。




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