5)猫とはすなわち
猫とはすなわち、狩りをする獣である。
狩りをする獣と暮らす以上、人間は様々なことを受け入れなければならない。
鳥とは暮らせない。猫の興味を引くものはすべからく猫の餌食となる。同居人である我々は猫が仕留めた獲物を褒める義務がある。猫の毛と暮らすことになる等、枚挙に暇はない。
我が子は可愛い。我が孫たちは可愛い。人の姿でも猫の姿でも可愛い。他の猫たちもそれなりに可愛い。
我が屋敷は猫屋敷だ。
公爵家は、猫と暮らすにはどうするかという問題を、シュザンヌの成長とともに解決してきた。結果的に、猫と人が一緒に暮らしやすい屋敷になった。気付いたらシュザンヌでも孫たちでもない猫が、我が物顔で歩き回るようになっていた。シュザンヌや孫たちのことをどこから聞きつけたらしい。
シュザンヌは、新参者の猫たちに、我が屋敷で暮らすための決まり事を教えている。テオドールに付き添われたシュザンヌが、新参者の猫たちを従え、屋敷を行進している光景を何度か見た。
「何を言っているか、僕にもわからないのですが。多分、お屋敷のお客様がいらっしゃる区画に入ってはいけないとか、台所に入るときはコックに挨拶をしてミルクをもらうとか、食料庫のネズミを捕まえるのは良いけれど食材は食べてはいけないとか、トイレの場所とかを教えているようです」
私同様テオドールも、猫に変化したシュザンヌの言葉がわからないことに、少し安堵した。
最近は、古参の猫が屋敷を案内する役割を引き継いでいる。孫たちの話では、捕まえた獲物を誰に見せたらミルクを沢山もらえるかといったことが、猫の間では価値ある情報らしい。
我が屋敷ではネズミの被害は殆どない。猫たちが獲物が減って退屈がっているとシュザンヌが言うから、領地にある屋敷へ引っ越しさせてみた。結果、領地でもネズミの被害は減った。巷では私は、猫公爵と呼ばれているらしい。
その猫屋敷に現れたのが野良魔法使いのフェルナンだ。
一に魔法、二に魔法、三四がなくて五に魔法の魔法使いは、魔法探究のために、生活を維持する目的で宮仕えを受け入れることがある。それが我々がよく目にする魔法使いだ。宮仕えは少々面倒だが、食事や着替えなど生活の全てを人任せにできる。宮仕えも悪くないというのが彼ら魔法使いの考え方らしい。
野良魔法使いとは、宮仕えの面倒を嫌い、食事や着替えを自力で賄う者たちだと私は思っていた。フェルナンに会うまでは。ただの私見だが、野良魔法使いが野良たるのは、食事や着替えなど生活のあれこれを全て成り行きに任せる、関心を一切払わないというだけだ。関心が無いから、宮仕えをして人任せにすることすら思いつかないだけだ。
フェルナンは、衣類だったものを身に纏っているだけであっても気にしていなかった。そのフェルナンが、関心がないはずのことであっても、人にきちんと感謝し礼をいうことに、私は感心した。
「直してくれたの。これ、ありがとう。これ、大事だったんだ。俺、魔法はできるけどこんなのできないよ。ありがとう。すごいね。俺、男前になった気がするよ。ありがとう。嬉しいよ」
魔法使いの持ち物には、見た目ではわからないが様々な術が施してある。ボロ布だった外套を、捨てずに元の外套に直した針子たちをフェルナンは絶賛した。
「うまいね。このスープ、何がうまいのかよくわかんないけど、うまいねこれ。ありがとう」
魔法使いといえば、食に関心がなく、腐っていなければ何でも良い連中のはずだ。フェルナンの手放しの褒め言葉を、厨房の者たちは喜んだ。
野良猫、野良魔法使いの次は、何を屋敷に招くのかと兄には笑われたが、今のところ次の野良の何かは我が屋敷には現れていない。
我が屋敷に住み着いた野良魔法使いのフェルナンは、テオドールに跡取りの責務を丸投げしたリシャールと一緒に、変化の魔法の探究に明け暮れている。
「鳥とネズミは危ねぇな」
「モグラも止めておいたほうがいい。捕まるだけだ」
「それにしても、なかなか上手くいかねぇなぁ」
「少々のことで上手くいくならば、既に私が完成させている」
「やっぱそうか」
娘婿のテオドールは、権謀術数に関心がない。人並みの権力欲すらない。リシャールはそれを残念がった。私は、リシャールがテオドールを参謀にしたかったのだと思っていた。明らかにそれは私の誤解だった。
テオドールにもし、人並みの権力欲があれば、リシャールは公爵家の跡取りの座をテオドールに譲り、魔法使いとなっただろう。あるいは、私がテオドールを公爵家の跡取りにしたかもしれない。元勇者という権威には本来それだけのものがある。
テオドールは善良で賢い男だが、宰相や公爵家の当主には、あまりにも不向きだ。リシャールは公爵家のために己が跡を継ぐと決意してくれた。
時に羽目を外すくらいはよいだろう。大抵のことはテオドールやシュザンヌが代わる事ができる。野良魔法使いのフェルナンと一緒に生き生きと魔法の探究をするリシャールを、私たち家族は見守ることにした。
「僕、猫になって、シュザンヌや子供たちと一緒に、庭を散歩して木登りをして屋根で日向ぼっこをしたいんです」
私に言わせれば、テオドールは実に無欲だ。
「テオー、お前無茶言うなよ」
「それが一番難しいのだがな」
魔法使いたちにとっては違うらしい。
「人間が、姿が猫になって能力も猫並になって、そんでもって普通の人間にまた戻りたいだなんて、無茶っすよ。俺、テオドールとなら最強って信じてるからやってみようって思えっけど普通あきらめますよ」
フェルナンの言葉にリシャールが頷いている。
「あら、でも猫の一家のお昼寝は可愛らしいと思うのよ」
妻の視線の先では、孫たちが昼寝をしている。
赤子用の寝台で赤子と子供二人が一緒に昼寝をするのは難しい。結果、従兄弟と一緒に昼寝をしたいシュザンヌとテオドールの子供たちは、猫に変化して赤子の寝具となっている。空席になったテオドールの膝には、シュザンヌが収まっているからちょうどよいのだろう。
「楽しみにしておりますから。がんばって下さいね」
「はい。大奥様!」
フェルナンは元気よく返事をし、リシャールは苦笑していた。
お楽しみいただいていますでしょうか。
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