第3話 意外と気づかれないものだ
上手くいくとは思っていなかった。
早朝、まだ薄暗いお屋敷の庭で、僕は薪割りをしていた。広いお屋敷だ。新人の下男には、お屋敷にお住まいの旦那様や、奥方様、お子様方のことなどわからない。
わかるのは、ご家族がみなご健勝であること、おそらく政治とか権力争いとか、そういう意味でも、優位に立っておられることくらいだ。良かったと思う。御一家が落ちぶれていないのであれば、シュザンヌ様は、きっとお幸せなはずだと思えるから。
シュザンヌ様の消息がわかれば良いと思っていた。いつのまにか、ひと目見たいと、願いは変わっていた。猫のシュザンヌにも会いたかった。庭を散歩していないかと、目を凝らしたけれど、あのふわふわの毛も、ピンと立てられた御自慢の尻尾も、どこにも見えなかった。足跡もなかった。
シュザンヌ様は、もうどこかに嫁いでしまわれたのだろうか。そのときに猫のシュザンヌも一緒だったのだろうか。知りたいことはたくさんあったけれど、新人の下男に、屋敷の事情など明かしてくれる人など居ない。
薪を割り、水を汲み、荷を担ぎ、ただ、シュザンヌ様の、猫のシュザンヌの痕跡を探した。
「おや、君は」
思いがけない人物から、声をかけられて、僕は返事に困った。最初の、本物の魔王討伐隊のときに、一緒だった人が居た。世話になった人だ。礼儀作法も含め、僕に色々なことを教えてくれた。懐かしい人だ。
「いや、すまないね。知人にそっくりだったものだから」
返事ができないでいると、彼は、勝手に、僕が別人だと結論を出してくれた。
「有望な若者だったのだけれど。残念なことになってしまってね。せめて、私が同行していたら、引き止められたのかと、いや、すまないね、関係ない君にこんな愚痴を言うなんて」
彼は一人で納得して、どこかへ行ってしまった。
その時初めて、僕は、僕の身に何があったのか、興味を持った。