第2話 公爵視点 テオドール
「面を上げよ」
私の兄、国王の声に跪いていた青年が顔を上げた。兄と私が子供の頃を過ごした避暑地で一緒に遊んだ懐かしい友人に、何処か面影が似る青年だ。少し癖のある黒く短い髪の毛は、普段と変わらず元気に跳ねている。娘のシュザンヌとの茶会では、楽しそうに輝いていた明るい茶色の瞳は、今は凪いで何を考えているのか、全く伺い知れない。
日に焼け、逞しい肉体を持つこの青年を義理の息子に迎えるための用意は、滞り無く進んでいた。ようやく準備が整いつつあるときに、私事だけでなく公まで、問題が生じるとは、私も兄も予想していなかった。
「魔王が復活したとの報告があった」
兄の言葉に、驚いたのだろう。青年が目を大きく見開いた。
「勇者テオドールよ。先の魔王討伐から、戻ったばかりではあるが、もう一度の討伐を命じる」
「はい」
兄の命令に、先だって魔王討伐を成し遂げた勇者テオドールは短く返答した。
シュザンヌが聞いたら、どう思うのだろうか。私の問いに答えが見つかるのは先になりそうだ。私は重苦しい気持ちを胸に抱えたまま、屋敷へ戻る馬車に揺られていた。
屋敷に戻って間もなく、私と妻と娘への面会の申し込みがあった。テオドールからだ。
「シュザンヌ、あなた本当にどこに行ってしまったの」
妻が娘の名を呼びながら、カーテンの影やあちこちを探している。当然返事はない。姿も見当たらない。
「本当にどこへ」
途方に暮れた妻を、私は抱き締めた。私達の娘シュザンヌが突然、屋敷から姿を消してから一ヶ月が過ぎようとしていた。シュザンヌとテオドールの、初々しい婚約者同士の何度目かの茶会の後、シュザンヌは突然姿を消した。
引っ込み思案で大人しく、ほとんど屋敷から出たことのない娘だ。屋敷と庭を探しに探したがどうにも見つからない。いつもなら見つかる場所にも居ない。どこをどう探しても見つからない。おそらくはいつもと同じ理由で、姿を消しているだけだろうと、私達も最初は暢気に考えていた。
私達夫婦が、シュザンヌが不在であることを、その理由も含めて、テオドールに告げることが出来ずにいる間に事態が急転してしまった。
「今日会わないと、もう会えないかもしれないのよ。シュザンヌ」
私はただ、悲しむ妻を抱きしめることしか出来なかった。
1時間後に次話投稿です。
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かつて、死神殿下と呼ばれた竜騎士と、暴れ竜と恐れられた竜が、竜の言葉がわかる人の子と、出会ってからの物語
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