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勇者の愛猫  作者: 海堂 岬
テオドール視点
18/43

第1話 帰る場所もなく居場所もなくて逝くにも逝けず

 僕は、抜け殻だった。


 魔王討伐なんて、望んでのことじゃない。生まれ育った町が無くなって、帰るところがなくて、たまたま聖剣を抜いてしまっただけだ。あれがなにか知っていたら、触らなかったのに。ただ、優しかった孤児院の院長先生、一緒に育った仲間達、優しかった町の人、意地悪な人も居たけれど、幸せだったあの町を消し去った魔王に復讐したかっただけだ。


 ただの私怨だ。国のための魔王討伐だなんてそんな高尚な目標などなかった。聖剣はそれでも別に構わないと言った。聖剣を生み出した人達も、多くが自分の大切な人を魔王に奪われ、復讐を願っていたと聖剣は教えてくれた。魔王への怨嗟を吸い、復讐のため鍛え上げられた刃が、瘴気を払い魔王を打ち砕けば聖剣と呼ばれるだけのことだと、聖剣は僕だけに聞こえる言葉で語ってくれた。


 苦しい旅のあと、僕は魔王を討伐した。沢山の人が犠牲になった。勇者の役割は終わった。僕を包んでいた神様の御加護は、薄れて消えた。僕の感謝は、神様に届いたのだろうか。聖剣は王様にお返しした。聖剣とはお別れだ。またいつか魔王が復活し、彼はその気配を察して刀身を輝かせるのだろう。僕でない誰かが、彼と魔王討伐の旅に出る。


「元気でね」

宝物庫に納める時、僕は聖剣に別れを告げた。僕との役目を終えた聖剣は、僕にはもう何も語ってくれなかった。僕は勇者としての役割は終わったことを噛み締めた。彼の眠りが長いことを僕は願っている。聖剣である彼が目覚めるときは、魔王と戦うときだ。僕や僕の前に彼と旅をした誰かも、魔王を討伐し勇者としての役目を終える事ができた。聖剣である彼は、目覚めている限り、魔王と戦う宿命にある。役目を終えることはない。だからせめて、彼の眠りが長くあって欲しい。


 国王陛下からのご褒美に、僕は唖然とした。綺麗な貴族のお姫様を、僕のお嫁さんにとおっしゃったのだ。平民の僕になんて、もったいない。でも、遠慮しようにも、王命だから断るものではないと言われた。僕がお世話になっていた公爵家のお姫様だ。時々お見かけしていたけれど、僕はずっと鍛錬だったから、ご挨拶も少ししかしたことがない。お話なんてしたこともない。


 初めてお茶会にお誘い頂いた時には緊張した。旅で一緒だった貴族の中に、僕が平民であっても見下さないでくれた人がいた。その人にお願いして礼儀作法とかを教えてもらった。付け焼き刃の礼儀作法でのお茶会はとても緊張した。


 お姫様は生まれた時から貴族だ。色々知らずにご無礼をしてしまったかもしれない。でも、お姫様は綺麗なだけじゃなくて、優しい人だった。お嫁さんになってもらえるとおもうと、僕も嬉しかった。


 僕の幸せは、長くは続かなかった。突然、お姫様に会わせてもらえなくなった。どなたも僕に、理由を教えてくれなかった。ただ無為にご挨拶にいって帰ってくるだけの日々が続いていたときだ。


 陛下から謁見への招集があった。魔王が復活し、僕はまた、僻地に派遣されることになった。いくつもの町や村が魔王の襲撃を受けたそうだ。


 国王陛下と貴族達が居並ぶ場所で、平民の僕に何が言えただろう。襲撃されたという町も村も僕は見ていない。それでも僕にはわかった。


 魔王復活は嘘だ。神様からの御加護はお返ししたけれど、僕にはわかる。魔王は復活していない。常に空を覆っていたあの重苦しい気配は、どこにもない。瘴気が晴れた今も、僕が生まれ育った町があった場所には、草木が一本も生えない荒野が広がっているだけだ。虚無に呑まれた土地は、今も癒えていない。


 復活していない魔王のために、僕が僻地に派遣されることになった。魔王が復活していない今、聖剣も眠りから目覚めておらず、僕には何も語ってくれない。


 僕は絶望した。僕が必要ないならば、そう言ってくれたらいいのに。帰る場所の無い僕は、居場所もなくした。可愛い可愛い僕の猫だけは違った。お姫様の髪の毛と同じ毛色で、同じ色の瞳をもつ僕の猫は、荷物に紛れ込んで僕についてきてくれた。


 ちょっと気難しいけれど、可愛い猫だから、きっと可愛がってもらえる。僕は猫を、優しかったお姫様に託した。僕を縛るものはなくなった。


 僕は崖から身を投げた。優しかった院長先生、一緒に育った仲間達、魔王討伐隊で一緒に戦った人達に会いたかった。


 それなのに。僕は岩棚の上で目を覚ました。先に逝った人達のところにも、僕の居場所はないのかという絶望と、全身の痛みに泣いた。


 僕は、抜け殻だった。


 可愛い可愛い僕の猫、あの猫は、今も元気だろうか。お姫様は、今、お幸せだろうか。それだけが、気になった。


 抜け殻の僕にも、ちょっとは中身があったらしい。いつの間にか僕は、かつて僕を追い出した王都に、たどり着いていた。



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