第13話 公爵視点 シュザンヌとテオドール
身繕いの後あらわれたのは、確かにテオドールだった。強張った表情で目を伏せ、猫に変化したままのシュザンヌを抱いている。
本当に生きていた。それが最初に思ったことだった。テオドールの膝の上に降ろされたシュザンヌが、撫でられて、気持ちよさそうに腹を見せた。
「あら、まぁまぁ」
「おやおや」
テオドールの膝の上で寛ぐシュザンヌに、私と妻が思わず声を出したときだ。シュザンヌと目が合った。途端に、慌てたように身を捩り、シュザンヌがテオドールに頭をこすりつけた。どうやら、私達が誰かわかったらしい。自分が人であることを、思い出しでもしたのだろうか。
落ち着かないシュザンヌを、テオドールが抱き上げた。
「なーお」
シュザンヌは、甘えた声で鳴き、テオドールの頬を舐めた。シュザンヌを連れてきた使者達の言葉通り、テオドールはシュザンヌを本当に可愛がっていたのだろう。よく懐いていた。
私が彼ならば、名乗りませんよ。という息子の言葉を思い出した。テオドールにとっては、私も、彼を二度目の魔王討伐隊に送り出した貴族の一人なのだ。
「無事だったのか」
私の言葉に、テオドールがゆっくりと顔を上げた。
「はい。テオドールです。ご挨拶が遅れて、申し訳ありませんでした」
見慣れていた穏やかな微笑みでなく、テオドールの顔は、緊張で強張っていた。私はテオドールと、また新たに関係を作らなければならないことを悟った。
私は、魔王復活を捏造した者達を、一人残らず葬り去った。あれは私の復讐だった。テオドールが還ってくることはないとわかっていたが、許せなかった。私がテオドールの敵を討ったと世間では言われている。だが、私の復讐は自己満足であり、偽善だ。彼が本当に助けを必要としていた時、私は彼を助けなかった。
「今まで何をしていた、いや、何があったか、というところから、教えてもらえないかね」
私はテオドールに、精一杯穏やかに語りかけた。命じて口を割らせるというのは避けたかった。
「魔王討伐のあと、神様からの御加護は、神様にお返ししましたから、僕には何の力もありません。それでも、魔王復活は嘘だとわかりました。もう、何もかもが、どうでもよくなって、崖から身を投げました。岩棚に、叩きつけられはしましたけれど、大きな怪我はせずにすみました。なんとか這い上がって、あとは、その日暮らしでした」
テオドールが語った言葉に、私は背筋が寒くなった。テオドールは、本当に死ぬつもりだったのだ。大きな怪我はせずにすんだ、その日暮らしだったと、淡々と語るが、容易ではなかったはずだ。
「そうか。無事でよかった。神の御加護があったのだろうね」
テオドールが私の言葉に小さく頷いたとき、テオドールの腕からシュザンヌが飛び出した。テーブルの上に着地すると、そのまま妻の膝まで跳んだ。
「シュザンヌ」
テオドールの言葉に、私は驚いた。
「おや、君は知っていたのかね」
テオドールは猫に変化したシュザンヌを、猫として扱っているようにしか見えなかった。
「この子がシュザンヌと、あなたが御存知とは、知らなかったわ」
妻の言葉に、テオドールが頭を下げた。
「申し訳ありません。お嬢様のお名前を、勝手に、猫につけたりして」
話が噛み合っていない。私は妻と顔を見合わせた。
「この子は、シュザンヌなの。ほら、毛並みと瞳が一緒でしょう」
テオドールは、まだ、妻の発言の真意に気づいていないらしい。
「シュザンヌの変化の魔法はどうにも中途半端でね。猫になるのはいいが、時々戻れなくなってしまってね」
「えぇ! 」
大きく目を見開き、驚いたテオドールに、私は何故だが、悪戯が成功した子供のような気分を味わった。妻は、膝の上で恥ずかしそうに身を捩るシュザンヌを撫でながら、鈴を転がすように笑った。