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勇者の愛猫  作者: 海堂 岬
本編
14/43

第13話 公爵視点  シュザンヌとテオドール

 身繕いの後あらわれたのは、確かにテオドールだった。強張った表情で目を伏せ、猫に変化したままのシュザンヌを抱いている。


 本当に生きていた。それが最初に思ったことだった。テオドールの膝の上に降ろされたシュザンヌが、撫でられて、気持ちよさそうに腹を見せた。


「あら、まぁまぁ」

「おやおや」


 テオドールの膝の上で寛ぐシュザンヌに、私と妻が思わず声を出したときだ。シュザンヌと目が合った。途端に、慌てたように身を捩り、シュザンヌがテオドールに頭をこすりつけた。どうやら、私達が誰かわかったらしい。自分が人であることを、思い出しでもしたのだろうか。


 落ち着かないシュザンヌを、テオドールが抱き上げた。

「なーお」

シュザンヌは、甘えた声で鳴き、テオドールの頬を舐めた。シュザンヌを連れてきた使者達の言葉通り、テオドールはシュザンヌを本当に可愛がっていたのだろう。よく懐いていた。


 私が彼ならば、名乗りませんよ。という息子の言葉を思い出した。テオドールにとっては、私も、彼を二度目の魔王討伐隊に送り出した貴族の一人なのだ。


「無事だったのか」

私の言葉に、テオドールがゆっくりと顔を上げた。


「はい。テオドールです。ご挨拶が遅れて、申し訳ありませんでした」

見慣れていた穏やかな微笑みでなく、テオドールの顔は、緊張で強張っていた。私はテオドールと、また新たに関係を作らなければならないことを悟った。


 私は、魔王復活を捏造(ねつぞう)した者達を、一人残らず葬り去った。あれは私の復讐だった。テオドールが還ってくることはないとわかっていたが、許せなかった。私がテオドールの敵を討ったと世間では言われている。だが、私の復讐は自己満足であり、偽善だ。彼が本当に助けを必要としていた時、私は彼を助けなかった。


「今まで何をしていた、いや、何があったか、というところから、教えてもらえないかね」

私はテオドールに、精一杯穏やかに語りかけた。命じて口を割らせるというのは避けたかった。


「魔王討伐のあと、神様からの御加護は、神様にお返ししましたから、僕には何の力もありません。それでも、魔王復活は嘘だとわかりました。もう、何もかもが、どうでもよくなって、崖から身を投げました。岩棚に、叩きつけられはしましたけれど、大きな怪我はせずにすみました。なんとか這い上がって、あとは、その日暮らしでした」


 テオドールが語った言葉に、私は背筋が寒くなった。テオドールは、本当に死ぬつもりだったのだ。大きな怪我はせずにすんだ、その日暮らしだったと、淡々と語るが、容易ではなかったはずだ。

「そうか。無事でよかった。神の御加護があったのだろうね」


 テオドールが私の言葉に小さく頷いたとき、テオドールの腕からシュザンヌが飛び出した。テーブルの上に着地すると、そのまま妻の膝まで跳んだ。


「シュザンヌ」

テオドールの言葉に、私は驚いた。

「おや、君は知っていたのかね」

テオドールは猫に変化したシュザンヌを、猫として扱っているようにしか見えなかった。


「この子がシュザンヌと、あなたが御存知とは、知らなかったわ」

妻の言葉に、テオドールが頭を下げた。

「申し訳ありません。お嬢様のお名前を、勝手に、猫につけたりして」


 話が噛み合っていない。私は妻と顔を見合わせた。

「この子は、シュザンヌなの。ほら、毛並みと瞳が一緒でしょう」

テオドールは、まだ、妻の発言の真意に気づいていないらしい。


「シュザンヌの変化の魔法はどうにも中途半端でね。猫になるのはいいが、時々戻れなくなってしまってね」

「えぇ! 」


 大きく目を見開き、驚いたテオドールに、私は何故だが、悪戯が成功した子供のような気分を味わった。妻は、膝の上で恥ずかしそうに身を(よじ)るシュザンヌを撫でながら、鈴を転がすように笑った。



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