第1話 シュザンヌ視点 わたくしのご主人
わたくしのご主人は、少々情けない男ですの。至高の猫であるわたくしのご主人ですのに。もっと、堂々と雄々しくあっていただきたいものです。
「今日も会ってもらえなかった」
抱えてきた花束を、花瓶に活けるのは、なかなかに殊勝な行いですわ。ご主人の優しさは認めましてよ。花を大切になさるのは良いことです。お水も瞬く間に用意なさって、ご主人は本当に細やかな魔法がお上手ですこと。武人ならではの頑強な体躯でありながら、魔力を繊細にコントロールなさって素晴らしいことですわ。
お花も喜んでおります。ご主人、ほんの少しでよろしいですから、明るく微笑んでくださいな。美しいお花を前に、凛々しいお顔が曇り顔では、もったいのうございます。
「僕、何か失敗したのかな。嫌われるようなことをしたのかな」
まぁ、愚痴愚痴といつまでも情けない人ですこと。これがいけないところです。情けないではありませんか。ご主人、しっかりなさいませ。ご主人のお部屋は簡素ですけれども、お掃除が行き届いた綺麗なお部屋です。ご主人はきっと、良い旦那様になれますわ。
「シュザンヌ、おいで」
仕方ありませんから、わたくしが慰めて差し上げます。わたくしは、ご主人の膝の上で丸くなりました。わたくしのご主人は、鍛錬を怠らない方です。鍛えた太腿は安定性がよろしくて、わたくしのお気に入りの場所です。
「僕、何か失敗したのかな。したよね。だって貴族の作法なんて、わからないもの。せっかく教えてもらったけど、やっぱり、付け焼き刃は駄目だよね」
ご主人は、情けないことを言いながら、わたくしの毛を、専用のブラシで梳いてくれます。わたくしのふわふわの毛は、ご主人の手入れの賜ですの。もちろん、わたくし自分で、毛づくろいはいたします。猫の嗜みです。当然ですわ。
ご主人が、わたくしの手入れを気に入っていますから、好きにさせているのです。特に今日のような日は、落ち込んでしまわれますから。わたくしは、心の寛い猫です。優秀な猫です。わたくしの毛づくろいをしたいご主人に、好きにさせてあげるくらいの気概はございます。
「シュザンヌはふわふわだね」
ご主人は、ブラシに絡まった私の毛を集めております。小さな私を創るためだそうですよ。少々変態と思われるかもしれませんが違います。物を無駄になさらない、堅実な方だというだけですわ。誤解なさらないでくださいまし。
「猫のシュザンヌは、こうして懐いてくれるのに。シュザンヌ様は、お顔を見ることすら出来ないなんて」
また始まりましたわ。仕方ない方ですこと。わたくしに愚痴を言ったところで、何にもなりませんのに。ご主人は、わたくしに、シュザンヌ様という人間の女性のことをよくお話されます。
「シュザンヌと同じ、きれいな淡い色の髪の毛でね。空色の目なんだよ。だから、シュザンヌを見た時、シュザンヌ様と同じだとおもって、名前をいただいたんだ」
えぇ。存じ上げております。もう何度も教えていただきました。わたくし、シュザンヌ様に少々同情いたしております。だって、お会いにならないということは、まぁねぇ。シュザンヌ様のお気持ちは、猫のわたくしでも察することくらいはできます。恋い慕って嘆くご主人には、残念ですが、諦めていただかなくてはなりません。
勝手に慕っておしかけてくる殿方が、ご自分と同じ色合いの猫に、ご自分のお名前をつけてかわいがっているなど、ねぇ。想像なさってくださいませ。あまり気持ちの良いものではございません。
「仕方ないよね。そもそも、無理だったんだ」
えぇ。わたくしもそう思います。いい加減、諦めて、他の女性になさいませ。優しいご主人です。良い女性くらい、すぐに見つかりましてよ。わたくしが猫でなければ、見繕ってさしあげるのですけれど。残念です。
「お貴族様からしたら、僕なんて、親が誰ともわからない。馬の骨だもの。仕方ないよ」
まぁ、そこまでご自分を卑下なさらなくても。孤児院でお育ちになって、ご両親がおられないというのは、ご主人の咎ではありませんことよ。
「偶然、聖剣を抜いちゃって、神様から御加護をいただいて、聖剣に手伝ってもらって魔王を倒して。神様からの御加護は、魔王を倒すためのものだったし。聖剣も国に返したから、僕なんて。ただちょっと、剣の使い方を覚えただけで、ほんの少し魔法が使えるだけの平民だもの」
まぁ、ご主人。そんなことをおっしゃってはいけません。立派な行いです。魔王の討伐に勝る武勇はございませんことよ。誇らずしてどうするのです。あなたがご自身の偉業を誇らないというならば、他の者たちが何も誇れなくなってしまいます。しっかりなさいませ。
「綺麗で優しそうな人で、お嫁さんになってくれるって聞いて、嬉しかったのに」
ご主人は、そうおしゃいますが。花束を持って訪れる婚約者を、追い返すような女性ですよ。そのような女性に優しいとは。ご主人は少々人を見る目がないのではないでしょうか。わたくしはとても心配です。
「貴族のお姫様だもの。きっと、誰か、婚約者くらいいるよね」
残念ながら、ご主人。おっしゃるとおりです。貴族とはそういうものです。生まれた時から、あるいは生まれる前から婚約に関しては、取り決めがあることも、珍しくはございません。
「お茶会にね、お招きいただいたんだ。とても嬉しかった。不慣れな僕に、優しくしてくれたし、こんな優しい人がお嫁さんにって、舞い上がっていた僕が、馬鹿だったんだ」
可哀そうなご主人。お茶会の主催者が、お客様をもてなすのは当然のことですわ。おそらく、女性の優しさが、社交辞令だと見抜けなかったのでしょうね。まぁ、ご主人に、そのような、器用さなどないことは、わたくしよくよくわかっております。
「どうしたらよいんだろう」
猫のわたくしに、聞かないでくださいませ。
「王命なんだ」
えぇ、何度もお聞きしました。存じております。
「シュザンヌ様のためには、僕が、あのような素晴らしい方を、お嫁さんにいただくなんて、分不相応だからと、お断りしたいのだけれど、どうしたらよいんだろう」
ご主人、世間知らずもほどほどになさいませ。王命です。たとえ嫌い合っていようと、憎み合っていようと、王命に従い、結婚するのが貴族です。
「どうしたらよいんだろう」
何度聞かされたかわからない、言葉を繰り返すご主人のお顔をみあげて、わたくし、驚きました。なんと、目に涙が光っているではありませんか。
「会ってもくれない。シュザンヌ様には、きっと誰か、大切な人がおられると思うんだ。シュザンヌ様には、幸せになっていただきたいんだ」
可哀そうなご主人。恋い焦がれる方のお顔を見ることも叶わないというのに、その方の幸せを願うなんて。思いを捧げる方のため、身を引こうにも、王命だからと逆らうことも出来ず、なんとお可哀そうなことでしょう。
千々に乱れる心を鎮めようというのでしょうか。ご主人は、今度は手で私を撫で始めました。えぇ、わたくしの手触りは最高ですのよ。わたくし、ゴロゴロと喉を鳴らしてあげました。
「シュザンヌ、気持ちいいみたいだね」
ご主人が、嬉しそうにわらいました。半泣きでお戻りになってから、今までかかって、ようやくです。本当に、手のかかるご主人ですこと。仕方ありません。今日だけですよ。わたくしの尻尾を触ることを許して差し上げます。
わたくしは、わたくしの自慢の美しい尻尾を、ご主人の手元に、差し出しました。
えぇ。ご主人。今日だけですよ、今日だけ、特別です。
1時間後に次話投稿です。
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【完結済】
かつて、死神殿下と呼ばれた竜騎士と、暴れ竜と恐れられた竜が、竜の言葉がわかる人の子と、出会ってからの物語
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【毎週土曜日19時に投稿中 エッセイ集】
人がすなるえつせいといふものを我もしてみむとしてするなり
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