泥
「おはようございます!」
誰よりも元気に挨拶をする。できるだけ、馬鹿っぽく。
大人しい、いい人でいるよりも、無邪気で、子供っぽい人間でありたかった。
子供のようになりたかった。それができないのが、つらかった。
世界を怖がったり、嫌ったりしたくなかった。
知らないものに対する、純粋な好意を取り戻したかった。
自分勝手に生きていたかった。
自分を犠牲にすることなど、望みたくはなかった。
「どうしたの? 大丈夫?」
泣いていたら、自分と同じくらいの子が、心配してそう話しかけてくる。そういう世界で生き続けていたかった。
夕方になったら、ちょっと切なくなって、寂しくなって、つい泣いてしまうような、そんな日々に戻りたいのだ。
朝が来たら、もうそれだけで楽しい気持ちになって、友達と遊ぶ約束があるという事実に、もっと心躍らせるような、そんな日々が戻ってきてほしいのだ。
魂が腐りかけていて、何をしてもあまり楽しくなくて。
将来に希望などなく、あるのは「ほどほどの快楽」だけ。
人は「十分だろう」と言う。「みんなもっと苦しんでいるんだから」と。
だから死にたくなるのだ。死ぬことによってしか、自分の望みが叶わないのなら、そうするほかないじゃないか。
大人になるということは、老いて役に立たなくなっていくということに他ならない。社会の、ではなく、自分の、である。自分が自分の役に立たないから、世の中や他者にそれを埋めてもらおうとする。
そう思えてならないのだ。
獣のように生きられたらどれだけいいか。
法も規則も、善も悪もなく、ただ生き残るために。ただ気持ちよくなるために。そうやって生きて、死ぬことができたら、人間のように激しく、悔いることも、悩むことも、苦しむことも、悲しむことも、なかったことだろう。
僕らを生かしてきた本能が、僕らを先に進めてきた本能とぶつかりあって、僕の魂はひび割れてしまった。
子供のように生きていたい。そうできるなら、そうなりたい。もしひとつだけ望みが叶うなら、僕は、体をではなく、心を、魂を、子供のようにしてくださいと頼むことだろう。
子供のように、何の心配もなく、希望と期待に満ちていて、毎日を楽しむ力がある、そういう人間にしてください、と。
今の僕は、ただ老いて、終わりを待ち、日々を凌ぐだけの人間だ。ただ、少しでもつらくないように、耐えるだけの人間だ。
それで精いっぱいの人間だ。これは、生きているとはいえないと思う。
でも、自分にできることなど何もないのだ。嘆くことしかできない人間に、助けなどあるはずもないのはわかっているけれど。
あぁ、変化か、あるいは終わりがほしい。
魂が腐り落ちて、泥のようになってしまう前に。