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寂しさ  作者: 冷凍槍烏賊
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小さな占い師


 荒れた海が私を飲み込んでくれればいい。

 そう思って海岸沿いに来たのに、空はカラッと晴れていて、さわやかな風が吹いていた。水たまりを踏んできたせいで靴はぐちゃぐちゃになっていて、少し気持ち悪かった。

 仕方なく防波堤の上に腰を下ろしたけれど、まだそこが渇いてなくて、お尻が少し冷たかった。

「おや、珍しいね」

 両手を広げて防波堤の上を歩いてくる子供がいた。ひょいと軽やかに、飛び跳ねるようにして私の隣に座った。

「どちら様?」

「どちら様でもいいじゃないか」

 そう言って、ぽけっとから飴玉をひとつ取り出した。

「君もいるかい?」

「いや……血糖値が」

「ふぅん。気にし過ぎじゃないか? それとも好きじゃないのか」

「……なんか、体調が悪くなるんですよ。甘いものを食べたあとに」

「じゃあ、これは?」

 そう言って、少年はポケットからさきいかを取り出した。

「ずっと握って歩いていたから、ちょっと私の手あかがついているかもしれないけれどね」

「それならもらおうかな」

 くっちゃくっちゃと時間をかけて噛む。噛めば噛むほど、味が染みてくる。だんだん気持ち悪くなってくる。だから、飲み込んだ。

「いい天気だ。君もそう思わないか?」

「大人には、日差しがちょっときついですね」

「そうか。かわいそうだな、大人というものは」

 少年は日に焼けていた。野球帽をかぶっていて、キャラクターものの半そでシャツを着ていた。この変な口調も、きっと何かのキャラクターの影響だろう。

「ところで、君はどうやって生きているんだ? あぁ、毎日の仕事のことだよ。大人というのは、そうしないと生きていけないんだろう?」

「……最近やめたんです。耐えられなくて」

「ほう。じゃあ次はどんな仕事をするとか、考えているのかい?」

「まぁ……乗り気ではないですが」

「では、私が君に向いてそうな職業を占ってあげようか」

「あぁ、ありがとうございます」

「では、手を見せてくれ」

 私は少年に左手を開いて見せた。

「右も」

「はい」

「ふむふむ。あいあい。なんとなくわかったよ。君は多分、仕事自体が向いてない。珍しい話だが、君は家のことの方が向いている。掃除や洗濯、炊事、子供の世話。多分、君は五百年前、十人の家族のために何人かの仲間たちとこういった仕事に追われている分には、幸せに暮らして行けただろうと思う」

「……私はあまり家事をしませんが。自分の分しかしたことありませんし、それも面倒だといつも思うのに」

「言い方を変えよう。君は、その場にいる誰かがやらなければみなの生活が成り立たなくなる、きつくて多種多様な雑務を、半ば強制的に行うのに適性がある。理屈ではなく、本能からそれをしなければならないと感じて、何も考えずそれを継続できるような、そういう仕事が、君に向いているというわけだ」

「それなら、別にどんな仕事でもうまくやっていけると思いますが」

「この時代、君がいないとその生活が成り立たないような人たちがいるとでも? 君は、特定の誰かから必要とされていたんだ。それも、感情とか経済的事情とかではなくて、もっと本能的で実際的な観点から。君は認知機能と直感的判断が切り離されているタイプの人間だから、君は自分がどれだけ重要とか必要だと思っても、そのためにエネルギーを効率よく使っていくことができない。君の体が納得しないからだ」

「なるほど。なんとなくわかりました。では、これからどうすればいいと思いますか。小さな占い師さん」

「どうにもならないだろうね。君は自分に向いていない仕事をいくつか転々とすることになるだろう。あと、君は自分の意志で伴侶を見つけることができないだろうし、見たところ、自分の代わりに見つけてくれるような人もいなそうだ。君の人生はずいぶん寂しいものになるだろう、と私は予想するね」

「それで、どんな壺を買えばその運命を覆せるんですか」

「どんな壺もセミナーもその運命を覆すのには十分でないだろうね。まぁでも、人生に絶対ということはない。運が良ければ、君は別に何もしなくとも幸福になっていくことができるだろうと思う」

「そうですね」

「まぁ、少なくとも君はすでに私に出会うという、普通の人なら一生経験できない素晴らしい幸運に恵まれてはいる。この幸運と比べれば、君の人生が好転することなんて、大したことではない」

「そうなんですか?」

「あぁ。君にはわからないだろうが。ともあれ、私は他の人たちにもこの幸運を分け与えなくてはいけないから、もう行くよ。あまり力になれなくて悪かったね。では」

「はい。さようなら。あ、最後にお名前だけ教えていただけますか。素敵な占い師さん」

「いや、保護者から知らない人に名前を言うなと教えられているのでな。申し訳ない」

 そう言って少年は、また軽やかにひょいと立ち上がって、防波堤の上に立って両手を広げて歩き去って行った。

 私も同じように防波堤から飛び降りて、いつもより少し大股で家路についたのだった。

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