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寂しさ  作者: 冷凍槍烏賊
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夜酒

 長時間画面の前でキーボードを叩いていたから、目が痛かった。手首も痛む。

 比較的痛みが弱い方の左手で眉間をぎゅっと押す。少しだけ目の痛みが和らぐ。


 冷蔵庫を開けて、チューハイを取り出す。グラスに注いで、氷を入れようとするが、氷はなかった。買ってこないといけないなと思いつつ、思っているだけだからこうなる。

 仕方なく中途半端な冷たさのチューハイを飲む。一気に飲み切って、酔いが訪れるのを待つ。


 テレビの電源をつける。くだらないバラエティ。くだらないニュース。くだらない旅番組。くだらない料理番組。くだらなさのオンパレードだと思いつつ、旅番組のところでチャンネルを置いた。


 スマートフォンが煩わしい通知音を鳴らしてくる。電源を切っておけばよかったと思いつつ、内容を確認する。どうせ仕事かスパム、と思いつつ。

「急に連絡してごめんなさい」

 その文字まで呼んで、すぐにそのアカウントをブロックした。出会い系詐欺は最近はめっきり聞かなくなったけれど、まだやってるやつがいたのかと思いつつ、電源を落とした。


 酒をもう一缶。うんざりだ。

 あたまがぼやけてくる。そのおかげで憂鬱な気持ちがわからなくなってくる。自分の感情も、思考も、追いかけるのが難しくなる。

 そのおかげか、生きることのつらさや苦しさから遠ざかることができる。

 こんな飲み方がよくないのはわかってる。でも俺に他にどうしろと言うのだろう?

 何をするのも恐ろしいのに。他者とのコミュニケーションを試みても、大した成果は得られないし、その割にひどく疲れて、しかも意味もなく傷つくのだ。

 ひとりきりのこの時間が、自分にとって一番マシな時間だというのが、残念ながらたったひとつの事実なのだ。この寂しくて、空しくて、何の生産性もない、この時間が。


 母親が家に来た時に勝手に置いていった風鈴がテレビの向こうのカーテンかけにつるされている。窓を開けることがないから、あれが鳴ることはまずない。鳴ったら、地震か、家に穴が開いているかのどちらかだ。いや、幽霊とかが鳴らすという線もあるか。非科学的だな。馬鹿げてる。

 いつからだろう。人生が、こうしたくだらない頭の中の独り言を追い続けるだけのものになったのは。最初からそうだったような気がするし、もっとひどいところから、ここまで何とか持ち直したような気もする。昔のことは思い出したくない。きっと、思い出す価値もないだろうし。

 でも先のことだって考えたくない。時間は止まってくれない。体も心も年老いていく。人生の方向転換はどんどんできなくなっていく。新しいことを始める気力もなくなり、頭の回転も鈍くなっていく。

 生きる気力も、だんだん失せてくる。可能性というものがどんどん失われていって、最後には暑いとか寒いとか、そういう単純なことしか感じられなくなっていく。

 そう。俺は、ゆっくり死んでいっている。その苦しみを和らげるために、その死をほんの少し早めてくれるであろう弱い毒をあおっている。

 もう一缶。足元が少しぐらつく。頭が揺れている。きっと俺は、人より飲めない方なのだろう。すぐに酔ってしまう。経済的だな、と思った。もっと酒が強かったとしても、俺はこれくらい酔うまでは飲むしかなかっただろうから。

 安い男だ。安くて、薄っぺらい男だ。そのくせ、軽く生きることができなかった。

 頭の中で薄汚れた板金をイメージした。そう。意味もなく頑固で、自分を曲げることができなくて。でもちゃんとした圧力をかければ、ちゃんと思ったように曲げることができて。一度曲がったら、その状態を変えるのも大変で。

 できそこないだな、俺は。


 名前も顔も知らない、おそらく人気のタレント女性が、タヒチを涼し気な格好で歩いている。カメラに向かって笑顔を向けて、これから向かう店について話している。

 同じ世界で生きて、同じ空気を吸っているとは思えないな。彼女も、そのファンも、カメラマンも、映像の編集者も、企画のプロデューサーやらなんやらの人も。同じ人間だとは思えないな。

 きっと別の景色を見て、別のことを考えながら生きているのだろうな。彼らの世界に、俺のような存在は存在しないようなものなのだろうな。それなのに、俺の世界に彼らが存在してしまうのはなんでなのだろう。この世界で、楽しく生きている人たち。何か目標をもって、前向きに生きている人たち。周りの人間に溶け込んで生きていける人たち。日々の生活の中に、メリハリを持つことができる人たち。

 惰性以外の理由で生きることのできる人たち。どうして俺の視界から、彼らは消えてくれないのだろう。彼らの視界から、俺はこんな簡単に消えてしまえるというのに。


 テレビを消す。部屋は静寂に包まれる。ゲップが出て、その静寂を突き破った。何とも思わない。汚いとも思わない。どうせこの光景に、風情も何もない。鑑賞者なんていない。

 ひとりの三十を過ぎた男が、酒を飲んでいるだけ。はばかる人目もなく。

 彼は好きなようにしているが、決して自由ではない。なぜならば、彼は酒を飲まないという選択肢をとることができないのだから。あるならば飲む。なければ、飲めない。買いに行くか、我慢するかを選択する。結局はその状況に決定されている。その男が自分で決めたことなんて何もない。

 そう。俺は、自分の人生について、何ひとつとして自分で決定しなかった。ただ苦しいことから逃げて、逃げ続けた結果として、今こうしている。だから正解も間違いもない。だって、進める道はこれしかなかったのだから。


 その男をあざ笑うものは誰もいない。なぜなら、どんな人間にだって、彼と似たようなところのひとつやふたつ、持ち合わせているのだから。

 あぁ。だから俺は、別に特別誰かから嫌われたり、蔑まれたりはしなかったのだろう。客観的に見れば、器用かつ自由に人生をこなしているように見えているのだろう。

 ただ意味もなく人生を浪費しているだけだというのに。

 楽しいことも何もなく。ただ苦しいだけの人生を。耐えるだけの人生を。

 毎日繰り返してる。何も変わらない毎日を。変わってほしいとさえ思わず。変わらないことを望むこともなく。

 主体性を自ら捨てて。そんなものは最初からなかったと自分に言い聞かせて。


 主体性を持って生きている人たちを遠目で眺めながら。


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