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寂しさ  作者: 冷凍槍烏賊
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孤独感

 夢を見ているのだろうと思った。この状況を、それ以外の方法で説明できるような気がしなかったから。

 誰もいなかった。僕の立つ場所、おそらく広大な宇宙に浮かぶ小さな星は、ただ本当の意味で、小さなかった。冷静に考えてみて、この星の直径は僕の体長の二倍ほどしかない。

 直感が訪れて、星が小さいのではなく、僕が大きいのだと思った。この星と僕はアンバランスすぎる。実際、僕の立っている星はほぼ完全に球形だった。自転も公転もせず、その場にとどまっているように見える。宇宙空間は、無数の星が広がっているが、どこを見ても太陽にあたるような強力な光源は見当たらず、それにもかかわらず、僕が立っている場所は昼であるかのようによく見えた。

 しゃがみこんで、土を手で触れてみる。おかしいな、と思う。このサイズの石の塊は、重力の関係でこんな見事な球形にはならないし、そもそも星というより小惑星だ。ではこれは夢か? 夢ならば、どうして僕はこんなにも明晰に思考できてしまうのだろう。

 思考という話なら……なぜ人は思考するのだろうか。そして、なぜ人はそれぞれ、その思考の様式や方向性が異なるのだろうか。僕はどうしてこれほどまでに現状認識を重要視するのだろうか。

 僕はなぜ、ここにひとりぼっちでいるというのに、それに心地よさを感じているのだろうか?


 時間が経った。時計はないし、昼夜もない。時間をはかるすべがない以上、時間を感じるのはこの意識だけだ。意味もなくこの星の周りを歩いて、何週歩いたかを記録することによっても時間をはかることもできたが、そうはしなかった。

 退屈に感じて、時折飛び跳ねたり、筋トレのようなものをしたこともある。でもそのすべてに無意味さを感じてすぐやめたし、この宇宙空間にいる以上、この星を出てもただ何もないところを漂うだけだろうと思った。

 僕はただ、考えることによって時間を過ごした。だから、どれくらいの時間が経過したかを表現するには、自分が考えた内容の範囲を説明するのがいいと思った。

 僕は自分が覚えている限りにおける、自分の経験について思い出して、そのエピソードひとつひとつに、無数の解釈を付け加えた。おそらく僕が、僕が現実だと思っているときにしたそういった思考の何倍も多くの解釈を与えたと思う。それによって、それまで知らなかった自分という存在の、言葉にできない本質のようなものが理解できたような気がする。

 他にも、僕が知っているかぎりにおける人類の歴史についても考えた。しかし考えているうちに、どれがフィクションで、どれが事実かわからなくなってきた。というのも、僕の歴史の知識の半分は学校で習ったもので、もう半分は小説や論文などから得た知識であったから。それらの知識の整理も行ってみたが、昔大学の先生が話していた「歴史とはフィクションの一形式である」という少し奇妙な考えが、頭にこびりついて離れてくれなかった。次第に、自分自身が「そうであってほしい」という事実や妄想が、自分の人から与えられた知識に混ざってきてしまって、その境界線を引くのが難しくなった。考えれば考えるほどわからなくなるというのはこういうことなのかと、納得した。

 人間関係についても考えた。僕には大切な人がひとりいた。義理の姉だ。僕が三歳のときに父が事故で亡くなり、母が自殺したので、遠縁の親戚の家に厄介になることになったが、そのときにはすでに、僕と境遇のよく似た女の子がその家にいた。僕と彼女はすぐに意気投合し、何をするにも一緒だった。血が繋がっていないはずなのに、外見がよく似ており、言動もほぼ同じだった。

 僕らは互いに思ったことをいつもそのまま言った。疑問に思ったことは互いに尋ね、ふたりで一緒にものを考えた。

 あれは、おそらく僕の人生で最良の時期だった。

 お互いの体に男女の違いがあらわれるようになったとき、僕らは違和感を感じ始めた。はじめのうちはそれを埋めたり、解明しようと、互いの肉体を詳細に観察したり、インターネットの海をふたりで探索して、知らなくてもいいたくさんのことを学んだ。僕らは中学生になって、関わることが減り、それぞれ別の友人たちを持つようになった。

 僕にも彼女にも、恋愛は難しかった。というより、人間と関わるのが難しかった。僕らの思考や行動は、すべて僕らふたりで完結しており、他の人間と共通点を探るのが難しかった。ほどほどの友人になることはできても、心を通わせるのは難しかった。

 愛していると言われても、僕にとって本当に大切な、家族と呼べるのは彼女だけで、それ以外の人は、どこまでいっても「隣人」に過ぎなった。もっと親しくなりたいと思うことはできなかったし、そうなることもできなかった。

 いろいろなことを試みた。試みたことは、すべてふたりで共有した。ふたりで、こうやって共有すること自体が「普通ではない」のだと共通の認識を持ったが「やめよう」とはどちらも言いださなかった。

 僕らふたりは共通して「どうでもいい」と思っていた。きっと、僕らは僕らふたり以外に、誰かに必要とされたり、愛されたりしたことがなかったから。僕らふたりは、誰かにとって大切な存在であったことがなかったから。


 小さな寂しさを感じて、星空を眺める。孤独を強く意識すると、心臓がきゅっと掴まれるような、奇妙な感覚にとらわれる。この感覚は、痛みとも苦しみと表現しがたい独特なもので、なぜか小さな快感が伴っている。この感覚は、僕が三歳ごろから頻繁に感じている当たり前のもので、たとえば食べ物をおいしいと感じたり、恐ろしいものを見て鳥肌が立ったりするのと同じように、ごくごく自然な感覚のひとつだった。

 しかしこれを彼女以外の人に説明しても「わからない」「大丈夫?」と言われるだけだった。

 寂しさ。孤独感。自分はひとりぼっちで、特別な存在。他の人たちの間に、超えられない壁がある。その壁をどれだけ叩いても、壊れることはなかった。僕はひとりぼっちで、今もこうやってひとりで考えている。誰もいない奇妙な世界で、僕はひとり。

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