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寂しさ  作者: 冷凍槍烏賊
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20日間

 どんよりと曇った日の夕方だった。昼と夜の境界線があいまいで、目の前の景色が、暗くなっているのか黒くなっているのかわからなかった。

 こういう日を平凡な日にしてくれるはずの街灯が、今日はついていなかった。二か月前にはじまった戦争のせいでずっと電力不足。計画停電のとき以外にも、突発的に街から明かりが消えることがある。

 夜って、こんなに暗かったんだな、と思う。空を見上げても星ひとつ見えない曇り空。お月様もいない。

 暗闇に目が慣れているから、あたりがまったくなにも見えないということはない。ただ何もかもがぼやけていて、色によって識別しているというよりも、あいまいな存在の境界、りんかくによって道を認識している。

 時々通る車のライトがひどくまぶしくて、不快だった。


 割れたガラス窓を踏むと、ガリ、と嫌な音が鳴った。

 いきなり髪の毛を掴まれて、ぐいと後ろに引っ張られた。振り返っても、何もいない。時々こういうことがある。他の人にはないらしいから、これはきっと病気なのだと思う。


 昔から私はイメージが肉体に影響を及ぼしてしまう体質で、ふと自分の首にはさみを突き刺すことを考えたりなんかすると、自分の首に血がしたたっているような感じと、何ともいえない息苦しさを感じたりする。手で自分の首を触って、血が流れていないのを確認すると、そういった異常な感覚はなくなる。

 だからなんだという話なのだけれど。


 自分の前髪を引っ張って、痛みを感じるか確かめる。うん。私は生きている。ここにいる。

 灯の消えた住宅街を歩きながら自分を確かめる。

 ふと、小学生の夏休みの時に遊んだRPGの主人公のことを思い出した。その主人公は、世界を脅かしていた最後のボスを倒すためにある呪いをヒロインとともに受けていた。何十時間かプレイし、最後のボスを倒した後、エンディングイベントで、主人公とヒロインは、残りの命が20日しかないことを確認し合い、少し涙ぐんでうなずきあって、手を繋いで平和になった世界の夕日を眺めていた。そこでそのゲームは終わって、私はそのあと何か月もの間、そのふたりが20日の間に何をしたかずっと想像していた。登校途中でも、退屈な授業の時にも。

 私は自分の命があと何日だろうと計算したことが何度かある。3年をだいたい1000日と考えて、あと30年生きたら10000日。90年いきたら30000日。12歳の時の私は、自分が今まで生きてきた日数が、だいたい4000日だという事実に少し混乱した。あのふたりの残りの人生の200倍もの日々を私は過ごしてきたけれど、その途方もない時間の中で経験した美しいことや素晴らしいことのすべては、彼らの描かれなかった20日間に比べて全然劣っているように思えた。

 私は自分が人生を無駄にしてきたと思うと同時に、どうあがいても自分の人生が貴重な経験や感動で溢れたものになるとは思えなかった。私の周りにいる人たちはみんなどこまでも現実主義者で、自分自身の目先の(あるいは長期的な)利益ばかりを追い求めていた。おいしいものを食べたいとか、楽しい遊びをしたいとか。私もそうだったし、それ以外の生き方がわからなかった。

 あのふたりは二十日の間に、何を想い、何を成し遂げただろうかと私は何度も考えた。きっと困っている人がいれば、これまでの旅と同じように、全力を尽くして助けようとすると思う。夕食には、色々な人と食卓を囲んで、思い出話や、希望のある未来の話に盛り上がる。暗くなれば、二人は外に出て星を見上げる。これまでの旅の中でも何度もそうしてきたように。それで、よりよい未来の話や、素敵な死後の話をする。それか、自分たちが倒してきた敵の人生のことを二人で考える。そこで、たくさんのことを悩む。もっとうまくできたのではないか、とか。殺すしかなかった敵を、改心させるすべがあったのではないか、とか。

 いろいろな、難しいことを考えて、頭が疲れてきたら、ふたりは寄り添って体を温め合う。まぶたが重くなってきたら、寝床に入って、二人は互いに背中をくっつけて眠る。その温かさを、もうあと数日しか感じられないことに、大きな悲しみを覚えながら、次の日を待つ。

 朝が来て、自分と愛する人がまだ生きていることに幸せを感じて、ふたりは世界に感謝して、互いに頬にキスをする。窓を開けて、太陽を感じて、今日は何をしようと考える。すると、たくさんのアイデアが浮かんでくる。やりたいことはたくさんあって、それらを互いに言い合って……

 最後の日にも、同じように朝を迎えるんだ。それで、ふたりはその日が最後の日だと知らないまま、早朝、散歩に出かける。太陽の下、いつものようにみなに挨拶をしながら、仲良くお昼ご飯は何を食べようかという話に盛り上がる。お昼前に、少し歩き疲れて、何百年も生きた、大きな樹の根元に肩を寄せ合って座り込む。ふたりは穏やかに目をつぶって、小鳥のさえずりと、互いの息の音に耳をすませる。世界は完成されていて、ふたりは祝福されている。世界はそこで、完全に時を止める。その美しい景色を永遠に保存するために。

 世界と、すべての神々がその幸せに満足した後、さわやかな風がふたりの髪をなびかせて、ふたたび世界は時計の針を動かし始める。

 ふたりの亡骸に、人々は花を添える。悲しみの涙を流す者は誰もおらず、老いも若いもみな、その幸せそうな二人を見て、自分たちもいつかこのように死ぬのだと確信して、穏やかな喜びと幸せに身を浸す。

 そして、世界は、次の新しい物語の準備を始めるのだ。


 私はポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。私の本当の幸せのすべては、妄想と物語によってもたらされたものであり、この薄暗い現実にではない。だから私は、この現実にずっと絶望しているし、同時に、どのような現実が訪れても、完全な絶望に陥ることはないのだ。

 さぁ、満足したから家に帰ろう。戦争は終わらないし、私が無職であるという現実も変わらない。嫌いな野菜も出されたら食べなくちゃいけないし、そのあとはめんどくさいけどお風呂に入らなくちゃいけない。髪をかわかして、顔にクリームを塗って……

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