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寂しさ  作者: 冷凍槍烏賊
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 痛みはいつも遅れてやってくる

 涙を流すのも

 怒りに拳を握り締めるのも


 家に帰ってひとりきり

 楽しみにしていた録画番組を見終わって

 一通りの家事を終えたあと

 ふとその日にあった嫌なことを思い出す


 痛みはいつも遅れてやってくる

 その場で泣いたり怒ったりする人たちを

 羨ましく思う


 その場で合理的な判断をして

 それに自分を従わせることが習慣になって

 私の感情は湿り気を帯びるようになった

 いつも遅れてやってきて

 陰湿なまなざしで

 私に対価を払わせようとする


 気が狂いそうだ

 小さな言葉ひとつで

 私の健康は致命的に損なわれる


 きっとそれは誰にとっても同じなのに

 私もまた誰かに

 小さな言葉をぶつけてしまう

 これまでもこれからも

 それはきっと変わらない


 私は自らの意志で生きることを放棄しなくてはならない

 死にかけの希望を殺す選択すら

 意志のひとかけらを必要とするのならば

 私はそれすらも自らの肉体にゆだねる

 私はもはや逆らわない

 そして私の命をもっとも強力に支配しているのは

 国でも世間でも両親でもない

 ほかならぬこの肉体なのだ

 ならばその肉体にすべてをゆだね

 それが求めるものを否定せず

 それが拒むものを肯定しない

 精神はもはや何も望まず

 肉体が望むことだけを望む

 そうありたいと望むことすらしない

 なぜならば肉体は

 精神の存在をもはや疎んでないのだから

 精神を疎み拒んでいるのは

 精神に違いない

 死にたがっているのは精神だけなのだ

 肉体は精神に消えることを要求していない

 弱ることも

 病むことも


 ただ健やかに

 肉体は精神に

 はなから何も望んではいないし

 何も禁じてはいない


 この痛みを肉体が拒んでいないのならば

 私もまた拒みはしない

 精神が痛みを疎ましく思うことさえ

 肉体は許しているのだから

 私は痛みを憎みながら

 受け入れていくしかないのだろう


 あぁ人間

 それこそが人間なのだ

 私は自分がもっとも人間らしい人間であると思う

 私の致命的な欠陥こそが

 私の人間性を担保している

 それでいいのだ

 そうでなくてはならなかったのだ

 その確信だけが私を救うのならば

 その確信のためだけに生きたっていいのではないか


 生きるために信じるのではなく

 信じるために生きるというのは

 無様な背理なのだろうか


 もはや精神を張り詰める必要なく

 ただおだやかに

 ごくごく自然に

 是非や好悪の判断から解放された

 自らの本質とその運命を

 確信し確定させ

 そのまま生きて死んでいけるようになることを

 私は望んでいる


 望むことは許されている

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