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寂しさ  作者: 冷凍槍烏賊
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 己が一年の歳月をかけて、生活のすべてを捧げて生み出したその作品を読むものはもういない。

 何万何十万もの、無数の素人作品のひとつとして、それははじまり、そのまま終わる。

 それに悲しさや焦りを覚える時節はもうとうの昔に過ぎ去った。

 今はただ穏やかに、ここにある時間を感じるだけ。

 自分にはまだ翼がある。希望を形にし、未来を想う力が残っている。

 それが為すことそれ自体に、己はもう期待をしていない。

 ただ己が生み出そうとしている何かを、わざわざせき止めようとは思わぬばかり。


 己の人生に意味はなく、己と他者の存在の間には、分厚い壁がおそらく三枚か四枚ほどふんぞり返って立っている。

 一枚くらいは、何とか努力によってひとひとり通れる分の小さな穴を空けられた。

 そのせいで心と体はぐちゃぐちゃになった。

 目の前にある壁が最後の壁とは思えない。人の声はもっと遠くから聞こえる。

 己は壁に、自分の心を描く。自分が望んでいるモノを。それを解する者はまだ現れない。現れるはずもないし、それでいい。


 人生は己に、停滞し続けることすら許さなかった。己は空転していると言えるほど、その場に留まってはいない。

 己は変化を愛してはいなかったが、不変を愛してもいなかった。それゆえに、ただぼんやりと、世間の変化よりほんの少し遅いくらいの変化が、己のもとにやってきて、それが絶えまなく己を作り替えている。

 ただそれだけのこと。それを繰り返すだけのこと。

 それだけの人生。何の意味もなく、何の結果もない。

 ただそこにあるだけ。そういう存在が、ただ生きているだけ。


 「あなたを成功者にします」と言ってくる人がいた。

 己はその人に「いいえ、結構です」と言った。

 その人は「信じられないのですね?」と言った。

 己は「いいえ、成功者になんてなりたくないだけです」と答えた。

 その人は、信じられないといった表情で「なぜですか」と問うた。

 己は答えられなくて、気まずい気持ちになった。その人も、少し気まずそうな顔をしていた。

 己は疲れ果てて、座り込んだ。何も言わないのが一番いい。そう思った。


 夜眠りにつくたびに、己は自分の頭と胴体が切断されることを想像する。

 そうするとなぜか安心するのだ。


 己はきっと、もうすでに死と知り合いになっているのだろう。彼と親しくすることは、そう悪いことではないような気がしている。

 誇らしき我が友。失望。孤独。絶望。諦め。痛み。羨望。死。

 最後の日まで、ともにあらんことを。

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