ドラゴンさん、分身と揉める
さて、まずオレが向かったのは働いている自分の分身のところである。
ドラゴンたるもの、ウロコの一枚一枚から分身を作り出し、一緒に働くことができるのだ。
そのうちの一枚がどうやら屋敷の近場の一室にいるようなので、そちらに向かう。ゲームを持ったままルンルンで。
もちろん、自分にのしかかる年中無休の仕事はそっちにぶん投げるつもりだった。
そして扉を開けて……そっと閉じる。
そして踵を返して「違う分身に頼もっかなー」と決意したところで、扉が向こう側から開いた。
「あれー、本体じゃん? なんか用?」
自分と同じ顔が扉から覗き、その隙間から背後の部屋の様子が見える。
何やら一枚の紙を囲んで、数人の妖怪達が揃っているみたい……というかあからさまに賭けの配当表だ。なにしてんだこいつら……と、オレは思わず意識が遠のきかける。
その後ろでは、さらに四名がなにやらひとつの卓を囲んで唸っている。それぞれいつもは着ている装束のうち何枚かを後ろに畳んで置いてあることで、「あ、これ脱衣麻雀だな」と察しがついてしまう辺り、オレはこの手の驚きに慣れ切っていた。
「なにしてるの……オレンジリリィのオレ」
「麻雀!」
そんなキラキラしい笑顔で言わなくとも……あれ、こいつ本当にオレの鱗から生まれてる分身だよね?オレと同じ存在だよね? なんでこいつだけ胃を痛めずにこんな楽しそうなの? 理不尽じゃない? 怒りに打ち震えそう……。
オレの分身は全員同じ顔だ。オレ自身は間違えないけど、他の仲間達は別で、見分けがつかないらしい。なので、分身はそれぞれ独自の記号となるアクセサリーを身につけている。『オレンジリリィ』のオレは、名前の通りオレンジ色の百合の花のブローチを胸元につけているのが特徴だ。
「まあ、いいから本体も入ってよ! ほらほら!」
そして分身のオレが扉をさらに大きく開くと、奥にあるものが視界に入った。
和室である。
妖怪用にあつらえた部屋だ。
その床の間に、全裸の男があぐらをかいていた。申し訳程度に布がかけられている。
思わず生贄に出されてきた生娘のような悲鳴をあげそうになって、頑張って飲み込んだ。なにあれ……。
「なにあれ」
「あ、桂男さん? あの人なら大負けしたとかではなくて、最初から全裸で圧勝してた。今はお休み中」
いや戦績を聞きたいわけではなくて。え? は? え? ええ?
分身に連れられて部屋に招き入れられたオレは、頭の上のアホ毛をでっかいハテナにするしかない。なにそれ???
本体と分身がそんなやりとりをしているうちに、卓は佳境に入ったようだ。
カマイタチ(♂)が爪を噛み、さとり妖怪が目を細め、リザードマンがにやりと笑い、グリフォンが眼光を鋭くする。
しかして床の間に飾られた桂男という妖怪は微笑みながら、その雀卓を眺めている。慈愛に満ちた、ただひたすらに美しい居姿であった。月に住むという、美しい男の妖怪そのものの美麗さだった。全裸だけど。ふざけてんじゃねーぞ。
いや、全裸に気を取られている暇はなかった。
「分身のオレ、用事ができたからちょっと仕事を手伝ってもらえる?」
「え、用事?」
「そ。人間のVRゲームなら手加減できない子達も、効率的に手加減の仕方覚えられるかなって思って。その試運転に自分がまずはダイブしてみようかと」
オレの話に、雀卓のみんながざわついた。
いや、キミら全員麻雀できるくらいには手加減できてるじゃん。キミらに使いたいやつじゃないよ。あ、でもやっぱりそこの全裸は教育をもう一度受け直したほうがいいと思う。今度誰か教育係についてもらおうかな……。
「えー!? それ、本体のオレがやるってこと!? ってことはオレ、仕事を押しつけられる感じじゃん! やだよー、そんなの!」
「気持ちは分かるけど、オレ全然休暇取ってなかったしさ」
「オレだってちゃんと仕事してたよ!」
「それ、脱衣麻雀で賭け事してた奴が言うセリフじゃないよね?」
分身のオレはあっちゃーみたいな顔で手を額に当てる。
「よし、じゃあジャンケンで決めよう! せっかく日本にいるんだし、グーチョキパーで!」
「なんで遊んでたそっちが『妥協してあげるね』みたいな雰囲気なの? おかしくない?」
オレ本体なのに! オレがリーダーなのに!
雀卓を囲んでいるさとり妖怪がくすっと笑う。あれそういえばさとりちゃん女の子じゃん……床の間に全裸が飾り付けられてるのやっぱりギルティでしかないじゃん。
「まあまあ、アルフォード殿。気を鎮められよ。オレンジリリィのアルフォード殿も、わがままは言わずに協力をするべきだぞ」
床の間のほうから声がかけられて、分身のオレは「全裸に諭されるとか嘘だろ!?」と悲鳴をあげている。ざまぁだね。変な言い訳をするからそうなるんだ。それはそれとして。
「桂男ちゃん……服着なよ。さとりちゃんは全然気にしてないけどそれ以前の問題なんだよ。分かる?」
「アルフォード殿……よいか、我は月に住んでいるとされる美男のあやかし。すなわち月の化身とも言えるわけだ」
「え、う、うん? うん」
なんか語り始めたんだけど。え、これどうしよう。
「アルフォード殿……月は、衣を纏わぬ。叢雲が覆いし姿よりも、まっさらな月のほうがより美しい。そうは思わんか?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………もういいや、分身のオレ。行こうか」
「ぶん投げた!?」
もう嫌だこんな仲間達。オレがいたいけな小娘とかだったら絶対さめざめと泣き出しているところだよ。
あとで桂男は締め落としておこう。そうしよう。
それよりもまず楽しい楽しいゲームの時間だ! 遊んでないとやってられるかよこんな集団生活!!
オレは全部ぶん投げて、分身の手を掴んで部屋を出るのだった。
本日は夜にもう一回、キャラメイクまで投稿する予定です!!