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12)もえる なつ
──夏の或る日の事、私は鉄道に乗っていた。
【もえる なつ】
摘花睦梨川 初弖梨の
若木の匂樹 新香気映え
露谷酩輝の青精 薫り立ち
誘われ堕ちる 夢現
摘花睦梨川の初弖梨の樹。若木の発する何とも芳醇な香りに、私は夢現な気持ちとなり酔いしれるのだった。
問うは空蝉 緋芽琴の
応える蠱笑も 妖かしく
解い例斯く礼の 雅繰りに
経ちて昂ぶり 覚めやらず
いつの間にやら、目の前に妖精がいた。琴の音の様な声の美しい妖精との問答に私の心は激しく昂ぶり、時の経つのも忘れて楽しむのだった。
蒸漬美婉沾 丘裾野
濡れて塗れて 染乱入道
開いた夥灑に 夕立ちの
荒突熱濔勢て 若艶る娜罪
炎天の下でも初弖梨の樹のある丘の裾野は強い湿気に濡れ匂って美しい。にわかに入道雲が湧き立ち、激しい夕立ちに見舞われる。傘をさしていても豪雨と熱気でずぶ濡れになってしまったのだった。
──ふと我に返った私の目に映ったのは、袖無しの…………
「…………すごかった」
──燃える様な暑さの夏の日の事。




