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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

沈黙の魔法使い

作者: 氷上人鳥

 とある宿屋の一室、二人の男が向き合っていた。


「今日はお前に、最終通告をしなければならない。聡明なお前なら分かるな」


 その片方。豪奢な鎧に身を包み、立派な剣を携えた男が静かに告げた。

 対するもう片方、深い青色のローブを被った男は、無言で頷く。


「どうしても、出来ないか?」


「……無理」


 彼らは、現在魔王討伐の最有力とされる勇者パーティーのメンバーである。

 剣士はパーティーリーダーでもある"勇者"と呼ばれる男で、ローブの男は強力な攻撃魔法を行使する魔法使いだ。


「やはり他のメンバーも、お前が後ろにいると危なっかしいと言っている。いきなり強力な魔法が後ろから飛んで来るのだからな」


 魔法使いに出されている要求、それは戦闘中の魔法行使において、呪文を唱える事であった。

 魔法を使用する際、呪文の詠唱は事実上は必要無い。しかし、他のメンバーに今からその魔法を使う事を知らせる合図として、呪文の詠唱が推奨されていた。そのために、各魔法にはそれぞれ名前まで付けられている。


「……」


 しかし、魔法使いには性格上それが出来なかった。彼は元来無口で、咄嗟に言葉を出せない。戦闘中ならなおさらである。

 声など出していたら集中が乱れ、魔法が上手く発動出来なくなる、それが彼の主張であった。


「お前は強い。世界中を探しても、お前以上の魔法の使い手は見つからないだろう。しかし、それが出来ないのなら、俺達のパーティーに置いておく訳にはいかない」


 魔法使いは再び無言で頷く。


「よって、お前を今日限りで俺のパーティーから追放する」


「分かった」


 魔法使いは表情一つ変えず、一言だけ残して部屋を出て行った。

 飄々とした魔法使いに対して、勇者は重く険しい表情を崩さなかった。


 唐突に一人になった魔法使いは、これからどうするかを考えた。そして答えはすぐに出た。

 自分には冒険者の、厳密には魔法使いとしての道しか無い。

 それを再認識した魔法使いは、街の冒険者ギルドに足を運んだ。


「え~と、お一人ですか?」


 受付嬢の言葉に、魔法使いは無言で頷いた。

 彼にとって仲間を集める事自体が至難であり、もし見つかったとしても、また同じ理由で別れる公算が高い。そのため端から仲間を集める事を放棄していた。


「さすがにお一人では……」


「大丈夫」


 そう言って彼は、自身のステータスが記載された冒険者カードを差し出した。


「どれどれ……うわ、レベル高!」


「無理はしない」


「わ、分かりました。それではクエストの選択を……」


 そして推奨レベルが自分の半分くらいであるクエストを受注し、出発した。


「そう言えばあの人、どこかで見たような……」


 この程度の強さの相手なら、火力と範囲をうまく調整し、一撃で殲滅できた。

 しかも、あれだけ非難されていた無詠唱の癖も、単独ならば有利でしかない。味方に気付かれないと言う事は、敵にも気付かれないと言う事でもあるからだ。

 単独でも思ったより上手くやれると確信した魔法使いは、少しずつ難易度を上げながら、次々とクエストをこなしていった。

 その結果……


「今まで見た事も無いレベルになっているのですが、あなた本当に何者なんですか?」


「一人だと効率が良い」


 一人でモンスターを倒すと、パーティーを組んでいた時よりも成長が早くなる事実が後に分かり、それも相まって魔法使いのレベルは前人未到の領域に達していた。


「もしかしたら、お一人で魔王だってやっつけられちゃうのでは?」


「魔王……」


 魔法使いは、一度魔王の元へ行ってみる事にした。

 もう既に勇者達によって倒されているならそれで良し。もしまだならその時は……

 クエストで稼いだお金で、魔力を回復する薬を持てるだけ買い込み、魔王に挑むべく魔法使いは旅立った。


 魔王の居城に近付くにつれ、モンスターの密度は高くなっていく。最初のうちは身を隠しながらの不意打ちで片付けていたが、それも難しくなっていった。

 魔王直前にまでなると、もう正面から火力で吹き飛ばすしかなくなっていた。

 そうすると当然。


「貴様が私に挑む人間か。たった一人とは勇ましいものだな」


 魔王には自分の到来は筒抜けで、不意打ちなど到底無理な話だった。

 それでも、例え一手でも先手を取るべく、魔法使いはいきなり極大威力の攻撃魔法を放った。


「くっ! 抜け目無いな。単独でここまで来ただけの事はある」


 強い魔法耐性があるためか撃破には至らなかったが、有効ではあるらしい。

 そこからはまさに、出し惜しみ無しの死闘であった。周囲のモンスター達すら巻き込まれまいと逃げ出す程の、力と力の激しいぶつかり合いが続く。


「惜しい。人間の尖兵としておくには実に惜しい強さだ。どうだ、私と共に世界の覇者とならないか?」


「……いらない」


 魔法使いは魔力回復の薬を飲みながら、一言で魔王の誘いをはね除けた。


「なら致し方無し。せめて最後の瞬間まで宴に興じようではないか!」


 ただでさえ強大だった魔王の力が更に膨れ上がる。激しさを増す魔王の攻撃に、魔法使いも満身創痍になりながら、それでも冷静さを失わずに立ち回り続けた。

 その結果。


「くく。まさか、この私が……」


 魔法使いは魔王を倒した!


「終わった」


 力が抜け、もう動かぬ魔王の隣で倒れ込む。

 そしてそのまま意識が遠のいて……


 どうやら眠ってしまっていたらしい。

 目が覚めると、眠る前と全く変わらぬ光景がそこにあった。こんな所で無防備な姿を晒してもモンスターに襲われないと言う事は、ちゃんと魔王を討伐できた証でもあった。


「帰ろう」


 魔王が倒れ、世界が平和になればそれで良かった魔法使いは、もうここに用は無い、と帰ろうとした。

 その時。


「な! お前が何故ここに?」


 かつて別れた勇者御一行が、新メンバーを追加してやって来た。


「遅かった」


 そう言って魔法使いは奥への道を譲る。


「嘘だろ……」


「持って行けば良い」


 魔法使いのその言葉の意味を最初に理解したのは、他ならぬ勇者本人であった。


「戦ってもいない魔王の残骸を持ち帰り、嘘を吹聴しろと言うのか」


 倒したモンスターの一部を持ち帰る事で、そいつを倒した証となる。言い替えれば、その一部を持って帰った者がそいつを倒した、と言う事になる。

 魔法使いは、勇者達に魔王の一部を持ち帰り、自分が魔王を討ち取った事にすれば良い、と提言したのだ。


「理由を聞かせて欲しい。何故魔王を自分で倒しておきながら、その事実を否定する?」


「面倒臭い」


 魔王を討ち取った英雄ともなれば、普通の一冒険者ではいられなくなる。嫌でも人と接する機会が増え、コミュニケーション能力に問題がある魔法使いには生き辛い環境になる。

 むしろそう言う()()こそ勇者に相応しい、そう考えて彼はその功績を押し付けようとしていた。


「……分かった。ならば、俺の頼みを一つ聞いてくれたら、お前の言う通りにしよう」


「何?」


「俺達のパーティーと戦ってみてくれ。そして、もし俺達が魔王と戦っていたらどうだったかを教えて欲しい」


「分かった」


 勇者は各メンバーに作戦指示を出し、全員が戦闘姿勢を取った。


「では行くぞ!」


 その掛け声の直後。

 勇者パーティー全員は爆発した。



「……勝てないだろうとは思っていたが、まさか一瞬とはな」


 勇者は大の字で倒れながら、自嘲気味に笑った。

 他のメンバーも命に別状こそ無いが、全員が意識を失うなどして、もはや戦える状態ではなかった。


「多分、無理だった」


「そうか。これでも充分な準備をしてきたつもりだったのにな」


「これで良い?」


「ああ、後は俺が何とかやっとく。お前は好きにすれば良い」


 魔法使いは無言で頷き、この場を後にした。

 こうして、勇者と魔法使いは再び別れた。


 その後、勇者パーティーは魔王を討った英雄として、今までとは別方向での忙しい日々を送る事になった。行く行くは一国の主になるとも噂されていた。

 一方、魔法使いは……


「今日はどちらに?」


「崖崩れの後始末」


 ふらっと冒険者ギルドに現れては、たった一人でどんなクエストもこなす謎の冒険者として活動を続けていた。

 彼は生涯単独を貫き、ひっそりと歴史の影に消えていったとされている。

 その真相は、誰にも分からない……

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