笑顔
「じゃあ、花火を呼んでくるね」
おばさんは、二階へ上がっていった。
花火さんが来る前におじさんに聞いておこう。
「あの、花火さんは葬式の後どうですか?」
「う~ん…そうだね。一言で言えば…抜け殻かな」
「そうですか…」
僕と、同じか。
お姉ちゃんが死んでからの僕も、何にもやる気が起きなくて、まさに抜け殻のようだった。
それを、お姉ちゃんの手紙が救ってくれたが、僕に同じことが出来るだろうか。
いや、やるんだ。
僕は、海歌さんの弟だろ。
何より、花火さんの友達だから。
あ、でも海歌さんの事をお姉ちゃんと呼ぶのは今はやめておこう。
ゆっくりと階段から降りてきた花火さんの顔は、目元は腫れて頬はげっそりしていた。
当たり前の事なのだが、花火さんの悲しみは僕のそれを遙かに上回るモノだと思い知らされた。
「花火さん。お久しぶりです」
「うん。久しぶり」
花火さんは、表面だけの笑顔を見せた。
「あの...海歌さんの最後はどんなでしたか?」
花火さんにそれを言わせるのは、酷だと思ったがどうしても花火さんの口から聞きたかった。
「笑っていたよ。最後まで」
さすがだな。
お姉ちゃんは最後まで笑顔を貫いたのか。
「良かった。実は僕、海歌さんに託されて花火さんに会いにきました」
「託された?何を?」
「それが、花火さんを救ってほしいと言われました」
「お姉ちゃん。そんな事言ったんだ」
「でも何をすればいいのかわからないので、僕の気持ちを伝えることにしました」
「空太君の気持ち?」
「僕は、花火さんと桜の写真を撮りたい!」
「なにそれ…どういう事?」
僕は、ポケットから封筒を取り出しその中の絵を花火さんに見せた。
「この絵と同じ事をしたいんです。花火さんが笑っていて、僕も笑っている。そんな写真を撮りたいんです」
「そんなの撮っても意味ない」
「鎌倉で、花火さんが写真は『過去の記録』だと言いました。そうかもしれない。だけど、僕は写真は見る人の思いで変わると信じています」
「でもその写真には、お姉ちゃんが写ってないじゃん」
「確かに海歌さんは写真には写らないです。でも僕と花火さんがその写真を見れば、そこには確かに海歌さんが見えるんです」
「そんな訳...」
「僕には見えますよ。海歌さんが写ってなくても、海歌さんとの思い出が頭の中に見えます」
「そんなの...」
きっと花火さんにも見えるんだ。
今は、涙が邪魔して見えないだけで。
「僕は、海歌さんみたいにはなれないけど、花火さんを大事に思う気持ちは海歌さんと一緒です。だから花火さんに笑顔になってほしい」
「………」
花火さんは何も言わない。
「笑顔です。海歌さんはいつも笑ってました。大切な人を亡くした悲しみも、寂しさも笑顔で紛らわすんです。海歌さんは、それを望んでる気がする」
「そうだね...笑顔だね」
花火さんは、哀しそうな顔で笑った。
その笑顔はまるで海歌さんを見ている様な…。
「はい!笑顔です」
「ありがとう。空太君」
僕は今、心底お葬式に行っておいてよかったと思う。
もし僕が、あのまま家に閉じこもっていたら、僕以上に悲しんでいる人がいる事に気付けなかった。
手紙を読んでも、想いを受け止められなかった。
それでも、やっぱりお葬式でお姉ちゃんの顔を見なかった事だけは良かったと思う。
僕が今、思い浮かべるお姉ちゃんの顔はどれも笑顔ばかり。
それをお姉ちゃんは望んでいた。
何より僕が、それに救われている。
「それじゃあ、行きましょう」
「どこへ?」
「みんなの所です!付いてきてください」
僕は、花火さんの手を取って走り出した。
いつも、手を引かれるのは僕だったけど、これからは僕が手を引く番だ。
「あのね…私、実は空太君が来る前にお姉ちゃんの手紙を読んだの」
「へー。それでなんて書いてあったんですか?」
僕は走りながら聞いた。
「色々書いてあったけど最後の文は『空太君に託した』だった。それで、空太君の顔を見たときになんとなくわかったの。あぁ、大丈夫だって」
僕は、足を止めてうずくまった。
そして、笑いが込み上げてきた。
「アッハハハ。やっぱりお姉ちゃんには敵わないな~。全部お見通しなんだから」
「そうだね。すごいよね、お姉ちゃん」
「うん!」
また走り出して、僕らは三ツ石公園の中心の大きな木の前で止まると、そこには写真クラブのみんながいた。
「よっ!久しぶりだなお二人さん」
東さんは僕らの間に入り肩を組んだ。
「はい!お久しぶりです。東さん、太りました?」
「はぁ、太ってねぇよ。筋肉がついたんだ」
「本当かしら?顔が丸いわよ」
清水さんは、東さんの頬をつねっていつもの毒舌を吐く。
「キタ坊、中年太りじゃないか?」
品川さんの野太い声。
やっぱりみんなと居ると賑やかだな。
この人たちの中でだけ、僕はありのままでいられる。
「はい!じゃあ今日は空太君に呼ばれて急に集まったので、カメラを持っていない人もいるのでどうしましょう?」
カメ爺がいつも通り仕切る。
これがあってこその写真クラブだ。
「そうだな~。じゃあ集合写真でも撮りましょうよ。せっかくだし」
「え~。だったらもっとオシャレな服が良かった」
冬乃ちゃんは、いつも通り明るい。
そんな中で、一人浮かない顔の遥さんが花火さんに近づいた。
「花火ちゃん。あのね...」
「遥さん!ごめんなさい。いきなり怒っちゃって。でも、遥さんに私の気持ちを知ってほしいから話し合いたいの」
「うん。花火ちゃんの気持ち聞かせて。私ちゃんと理解してから謝りたい」
これで、遥さんと花火さんは大丈夫そうだ。
「カメ爺!あの、すみませんでした。だいぶ遅くなっちゃって」
「いや、何も心配はしていなかったよ。任せてくれと言われていたからね」
「ありがとうございます」
「それより、写真撮ろうか」
「はい!」
僕たちは、みんなで紅葉した大樹の前で集まった。
三脚にカメラをセットしてタイマーをかける。
僕はカメラに向かって笑顔を向けた。
すると、となりにいる花火さんが耳元で囁いた。
「桜が咲いたら、二人の写真撮ろうね」
「うん。春になったら」
花火さんは、前を向いて今までで一番の笑顔をした。
「パシャ!」
絶望は前を見えなくする。
それでも、絶望の先にしか希望は存在しない。
その摩擦に苦しみながらも、幾つもの絶望に立ち向かい、その度に新しい希望を手にする。
17の秋。
僕は、二つの希望を手に入れた。
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