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こころ〜希望と絶望の摩擦〜  作者: 鈴本 貴宏
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空っぽ

 降りしきる土砂降りの雨。

傘をさしているが、足元はビショビショに濡れる。


それでも気分は清々しい。

長靴を履いているので、ワザと水溜りを歩いてみたり、透明のビニール傘を回転させて水しぶきで、濡れていない壁に模様をつけてみたり。


なんて無意味な事をしているんだと、普段なら馬鹿にして見ているような行動を、人目もはばからず楽しんだ。


この一週間は、本当に平和だった。

お母さんと服を買いにデパートに行ったり、おじいちゃんの墓参りにも行った。

もちろん日課の三ツ石公園への写真撮影も忘れていない。


そして、お兄ちゃんと3年ぶりぐらいにテレビゲームをした。

なんとなく誘ってみたら、意外とお兄ちゃんも乗ってきて4時間ぐらい二人でずーっとゲームをしていた。

まるで小学生の頃に戻ったみたいに、普通の兄弟になっていた。


何より嬉しかったのが、花火さんとの話し合いが終わったことを知ったお父さんがイヤホンを買ってきてくれたんだ。


すごい高級なイヤホンだったから心配したら「嬉しくてつい」だって。


一週間はあっという間に過ぎていき、やっと海歌さんに会いに行ける。


イヤホンで音楽を聴きながら鼻歌交じりに歩いていると、もうすぐで病院に着くという時に、スマホから着信音が鳴った。


知らない番号だ。

普段なら無視するのだが、今日は何しろ気分が良い。


「はい。どちら様ですか?」


明るい声で、電話の向こうの相手に問いかけた。

すると、僕のテンションとは真逆の暗い声で返事が返ってきた。


「空太君かい?」


「はい...そうですけど...」


なんとなく空気を察して、明るい声をやめた。


「海歌の父です」


「あ、ちょうど今病院に向かう所なんです」


「そう...なんだね。空太君、海歌は一昨日息を引き取ったんだ」


「えっ、どういう事ですか?」


おじさんは何を言っているんだ。

そんな訳ないだろう。


「海歌は、死んだんだ」


「嘘、ですよね...」


「本当だよ。直ぐに伝えてあげられなくて、ごめん。それで、明後日の10時から葬儀があるから南町の斎場に来てね」


「嘘だ!そんな筈がない。冗談かなんかですか?そうか!海歌さんにそう言ってって、頼まれたんだ。そうですよね」


「ごめんね、空太君...」


僕は、電話を切った。


騙されないぞ!今回も冗談に違いない。

海歌さんが、なんか企んでいるんだ。


前回みたいに、走ってなんて行かないぞ。

ゆっくり行ってやる。

部屋を開けたら「やっぱりね」とか言って、計画を台無しにしてやるんだ。


それにしても、雨がうるさいな。

天気まで僕を騙そうとしているのか?


ほら。

病院は、いつも通りじゃないか!


4階のナースステーションだって、普段通りの忙しさだ。


405号室。

ここの扉を開ければ、海歌さんがいるに違いない。

名前のプレートまで取っちゃうんなんて、大掛かりなドッキリだな。


「海歌さん!おはようございます...」


返事はない。

そこは、空っぽだった。

いつもはあるはずのベットも、海歌さんの笑顔もそこには無かった。


部屋を間違えたんだな。


病室を出て、プレートを見る。

そこには、やっぱり405号室の文字。

どうなっているんだ?


いつも、お見舞いに来た時に会う海歌さんの担当の山内さんを探しにナースステーションに向かう。


「あの!海歌さんの病室、変わったんですか」


「あ、海歌さんの...」


「はい。お見舞いに来たんですけど、病室に居なくて」


「まだ、聞いていないんですか?」


「何をですか?」


山内さんは、僕の近くに寄って小声で教えてくれた。


「本当は言っちゃいけないんだけど...残念ながら、一昨日の夜に内野海歌さんは亡くなったの」


僕は歯を噛み締め山内さんに一礼してから、急いで405号室に入る。


「グワッ、ヴッーーー」


何故か、不思議と涙は一滴も出なかった。

だが、大きなうめき声を抑えることが出来ず、廊下にまで響くほどの大きな声を出し続けた。


わかっていた。

わかっていたんだ。

海歌さんがおじさんに死んだなんて、

嘘をつかせる人じゃ無いってことは。


それでも、今回だけは嘘であって欲しかった。


あぁ、もう二度と海歌さんに会うことが出来ないのか。

あの優しい声を聞けない...

あの太陽みたいな笑顔を見れない...

あの頭を撫でる感覚も味わえない...


あぁ、失うとはこんな感覚なのか。


いままで積み重ねてきた思い、楽しさや苦しみ怒りや喜び、その全てを『死』という現実が全てを持ち去ってしまった。


おじいちゃんの時は、悲しかったけど仕方ないとも思った。

それは、どの人にも必ず来ることだから。


その頃は、僕自身が死にたいと思っていたから、『死』に関する感覚が麻痺していたのかもしれない。


でも今は、ハッキリと感じる。


このキューッと握りつぶされそうな心臓の痛みも、目の前が見えなくなるほどの頭の痛みも。


「大丈夫ですか!」


後ろから、山内さんの声が聞こえる。

振り向くと、人だかりが出来ていた。

僕を見る人達のザワザワとした声が聞こえる。


「すみません」


このままこの場所にいたら、全ての人や物に当たり散らしてしまいそうだと思い、病室を飛び出した。

走ってはいけないと分かっていても、走らずにはいられなかった。


病院を出ると、傘が手になかった。

どこかに忘れてきたんだろう。


そのまま、雨の中を歩き出す。

さっきうるさいと感じた雨音は、叫び声をかき消すにはちょうどいい。


僕はずっと叫び続けた。

家の前に着く頃には、掠れてほとんど声が出てなかったが、それでも叫び足りない。


この痛みは叫ぶぐらいじゃ、紛らわせられないのもわかっている。


それでも、そうせずにはいられない。

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