名前
楽しそうに勢い良く喋る花火さんに圧倒されていると、窓から見る景色がだいぶ赤みを帯びてきた。
そろそろ言わなきゃな。
僕は、覚悟を決めてからゆっくりと口を開く。
「あ、あの...花火さん!少し話したい事があるんです」
「なによ急に。そんな大きな声出さないでよ。で、なに?」
僕は、準備した通りに話を始めた。
「写真クラブに戻ってきてくれませんか?」
「イヤ!」
予想通りの即答。
僕は、怯まずに次に用意した言葉を出す。
「なんでですか?」
「だって、許せないもの。遥さんはあんな事言わない人だと思ってた...」
ボソッと、花火さんは横を向きながら呟いた。
それを聞いて僕は少し安心した。
あの小町通りでは、遥さんと冬乃さんが不憫だと言って花火さんが怒った時。
花火さんは遥さんの方しか見ていなかった事。
そして、鎌倉駅のホームで花火さんが哀しそうな顔をしていた事。
今やっと理解した。
花火さんの感情は、怒りではなく失望なんだ。
花火さんは、遥さんを慕っていた。
まるで姉妹のようにさえ見えた。
だからこそ、失望した。
だったら、そこに望みがある。
僕は、準備していた言葉を全部捨てて、今思いついた事を喋ることにした。
「実は、僕も病気の人は不憫だと思ってました」
「えっ...」
「だって、病気になりたくてなる人なんていないでしょ。だから、可哀想だなって思ってたんです」
「そうだけど...それじゃあ」
僕は、花火さんの小さな声を遮り、話を続けた。
「でも、今は違います。海歌さんみたいに、治らない病気だと分かっていても、明るく懸命に生きている人がいる事。瑠璃ちゃんみたいに、僕達より年下の小さな女の子なのに、学校にも通えないような病気を持っていて、それでも希望を持って笑顔で生きている姿を見てきたから」
「でも...だからこそ」
いつもはわからない花火さんの気持ちが、今は手に取るようにわかる。
「遥さんに不憫だなんて、言って欲しくなかったんですよね」
「それは、そうだね」
「それを、遥さんに伝えるべきですよ」
「嫌だよ。そんなんで謝られても。何にもならない」
ここで、僕は絶対に言わないでおこうと心の奥にしまっていた事を花火さんに突き付ける。
「覚えてますか?僕が初めて写真クラブに行った時に、花火さんに病気のことを甘えだって言われたんですよ」
「それは...悪かったと思ってる。けど...」
「別に、謝って欲しいとかじゃないんです。それに、そう捉えられても仕方ない態度でした。でも、今は僕の事を分かってくれている。それだけで嬉しいんです」
「ゴメン...」
「遥さんも同じなんですよ。初めて会った頃の花火さんみたいに、知らなかっただけなんです。だからこれから知っていければいいと僕は思うんです」
「そうかもしれないけど...でもやっぱり」
今の花火さんは、少し背中を押せば勇気を出せる。
僕が、海歌さんにそうして貰った様に。
「お願いします。花火さんに写真クラブに戻ってきてほしいんです。またみんなで写真を撮りたいんです。だから...お願いします」
僕は、椅子から立ち上がり何度も頭を下げた。
店長さんが、驚いてこちらを見ていたが、そんなのは気にせずに何度も何度も頭を下げ続けた。
「私が居なくてもいいじゃん」
「ダメなんです。花火さんが居ないと僕は楽しく無いんです。お願いします」
「ふぅーん...そうなんだ」
「花火さん、お願いします!」
「わかったよ。私も君に、遥さんと同じ様な事をしてたんだもんね。それに、君が許したのに私が許さない訳にはいかないね」
「えっ、じゃあ」
「今度、遥さんと二人で話してみる」
「ホントですか?ありがとうございます!」
「でもな~。君に説得されてってのが嫌だな~」
「なんでですか?」
「私より、弱いと思ってたから」
「酷いですね...」
「そうだね。ゴメン。じゃあ私帰らなきゃ、お姉ちゃんと病室に行く約束してるから」
「そうなんですか?じゃあ、僕も行っていいですか?」
「ダメ!それと、一週間は病室に来ないでね」
「何でですか?」
「なんでも!じゃあ行くね。ありがとう...空太君」
「あっ、はい」
花火さんは笑顔を浮かべて帰っていった。
そういえば、お礼を言われたのも、名前を呼ばれたのも初めてかも知れない。
無性に嬉しくなったが、僕が言った恥ずかしい言動の数々を思い返すと全身から火が出るほど恥ずかしさが込み上げてきた。
それでも、話せてよかった。
これで、写真クラブを失わなくて済む。
僕が唯一、心を許せる居場所を自分で守れたんだ。
「海歌さん、褒めてくれるかな」
あっ、そういえばさっき花火さんに、海歌さんと会っちゃダメだと言われたんだった。
何かあったのかな?
まぁ、一週間後に行けば分かる事だ。
それまでは、我慢。我慢。
僕は喫茶ライオンの扉を開いた。
眩しい!
外は夜のはずなのに、僕の視界には太陽の光が世界に降り注ぎ、女神のような女性が佇む神秘的な光景が広がった。
「綺麗だな」
まぼろしだったのか、一瞬にしてその光景は消えて、いつもの平凡な景色に戻った。
今のは、何だったんだろう?
頑張った僕を、祝福してくれたのかな。




