出発
旅行当日、僕は家の玄関にいた。
そわそわと時計を見ながら、まだかまだか、と待つが一向に約束の時間にならない。
「お父さん、お母さん、行ってきます」
辛抱たまらず家を出ようとしたら手を引かれ体が止まった。
「まだ時間まで20分もあるじゃない。少しは落ち着いて待ちなさい」
「うん...でも楽しみで...」
お父さんが、読んでいた新聞を折りたたみ、メガネを外した。
「はっはっは。空太のそんな顔をみるのは何年振りかな。写真クラブの人達にお礼を言わないとな」
「本当にそうですね」
「恥ずかしいよ、あんまり変なこと言わないでね」
その後も玄関で立ったり座ったりを繰り返していると、ようやくチャイムが鳴った。
リュックを背負って、扉を勢いよくバタンと開けて道路をみると、ブラックの大きいワゴン車が停まっている。
あれは絶対に東さんの車だ。
小走りで車に駆け寄ると、運転席の窓が開いた。
「おっす!空太、カッコいいだろこの車」
「はい!!すごくカッコいいです。ピカピカですね」
「おうよ。毎日磨いているからな」
すると、助手席のドアが開きカメ爺が出てきた。
「おはよう、空太くん。今日は楽しみだね。ご両親にご挨拶したいんだけどいらっしゃるかな?」
「直ぐにくると思います。両親も、ご挨拶したいって言っていたので」
「じゃあ空太くんは、荷物をトランクに積んじゃいな」
トランクを開けようとすると同時に次々とみんなが挨拶をする為に車から出てきてくれた。
僕が迎えに来る最後の一人だったんだな。
花火さんも遥さんも夏っぽい可愛いワンピースを着ている。
この前一緒に買い物に行くとか言っていたからその時の服なのかな?本当に仲良しなんだな。
荷物を積み終わると、自宅の玄関の扉が開き両親が顔を出した。
ついさっきまで寝巻きだったのにお父さんはいつの間にかポロシャツと短パンに着替えていた。
「この度は、空太がお世話になります。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」
お父さんがそう言って、丁寧に二人揃って深々と頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。ご子息をお預かりします。きちんと見守りますのでご安心ください」
カメ爺もきっちり頭を下げる。
すると突然お母さんが切り出す。
「常々皆さんにお礼が言いたかったんです。写真クラブに入ってから空太が、どんどん積極的で前向きになりました。本当にありがとうございます」
みんな揃っていえいえ、と手を振る。
僕としてはなんだか気恥ずかしくて下を向いた。
「お礼言うのは俺たちっすよ。空太が入ってから更に楽しくなって、初めて旅行に行く事になるぐらいみんな仲良くなれたんですから」
「空太はクラブから帰って来ると、いつも皆さんがいい人なんだって楽しそうに話すんです。それが嬉しくて。これからも仲良くしてやってください」
お父さん、恥ずかしいよ。
「はい!」
みんな揃ってそう言ってくれた。
嬉しかったには嬉しかったが、僕は恥ずかしさが限界にきたので、みんなを急かす。
「そろそろ行きません?」
「そうだね、じゃあ行こう」
みんなぞろぞろと車に乗り込み、カメ爺がシートベルトをつけたところで車が動き出した。
少し子供みたいで嫌だったが、窓を開けて、「行って来ます」と手を振った。
出発して10分ぐらい経った頃、後ろの席の花火さんから珍しくコソコソと話しかけられた。
「災難だったね。私も両親が挨拶したんだけど顔から火が出るぐらい恥ずかしかった」
「そんなに?どんなこと話したんですか?」
「基本的には、君と変わらないけどお父さんが泣きながらお礼言っていたの」
「それは、災難でしたね」
二人で同時にため息をついた。
親の思いも分かるが、流石に涙まで出したら、僕も顔から火が出るほど恥ずかしかっただろうな。
泣かないでくれて本当に良かった。
すると何故だか、これから鎌倉に向かうための高速道路の入り口とは全くの逆方向に向かっている。
疑問に思ったが、東さんには考えがあるのかもしれない。
わざわざ聞くほどのことではないなと思っていると、とある家の前で車が止まった。
「忘れ物ですか?」
「あぁ、空太には言ってなかったっけ。空太が車に乗る前にみんなには言ったんだけどさ。爺さんの孫が一緒に行きたいんだって」
「品川さんのお孫さんですか。どんな人なんですか?」
「人懐っこい可愛い自慢の孫娘だよ」
品川さんは東さんに見せるような鋭い顔とは正反対な優しい顔をした。
「今おいくつなんですか?」
「16歳、君や花火ちゃんと一緒の西海高校で、学年は一つ下のはず」
10歳ぐらいのつもりで聞いていたので、同年代だったことに驚いた。
どんな人だろう。緊張する。
ピー、と車の開く音がなった。
「おっはよーございまーす。初めまして。そこのおじいちゃんの孫の#冬乃__ふゆの__#です。高校生の人がいるって聞いたんだけど、あなた?」
勢いよく入ってきたその子は、冬の付く名前とは思えないほど夏が似合う日焼けした肌にショートカット。
ピアスや派手なメイクはしていないのでギャルとまでは行かないが、三歩手前ぐらいの印象を受ける。
「えっと...はい。僕と後ろの席にいる花火さんです」
予想外の連続で戸惑いを隠せない僕は、なんとか話題を花火さんに移すことにした。
ごめんなさい花火さん!
「えーっと、あなたね。よろしく!」
「こらこら、冬乃ちゃん~。空太くんも花火ちゃんも先輩だよ。敬語使いなさい」
全くトゲのない叱りを、あの品川さんがしたので孫に対するデレデレ加減に驚いた。
「はーい!先輩だったのね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
僕はある程度ちゃんと挨拶をしたが、花火さんは、関わるなオーラ全開の挨拶をした。
花火さんはあぁ見えて人見知り激しいのかな。
「じゃあ、私は花火さんのとなりに座る。いいですよね」
「え...まぁ、はい」
「花火さんは何組なんですか?」
「えっと、3組」
「えー!あのカッコいい北岡先輩いるクラスじゃないですか」
「知らない......」
その後も、嫌がる花火さんと気にしない冬乃さんで、なんとも見ていられない光景が続いた。
僕はなるべく後ろを見ないようにして、東さんセレクトの少し昔のブルースなどを聞いていた。
冬乃さんは花火さんに興味津々なので僕に興味を示さないだろう。
花火さんを生贄に僕は何も気にせず楽しい旅行ができそうだ。




