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こころ〜希望と絶望の摩擦〜  作者: 鈴本 貴宏
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感謝

 帰り道、僕はある事に気がついた。

少し前の僕ならこんなに人通りの多い道なんて避けていたはずなのに、今は堂々とまではいかないが普通には歩けているという事実。

何故だがはさっぱりわからないが、病気が良くなっている事には違いない。


最近の変化といえば写真クラブに入った事ぐらいしか思い浮かばない、ん、待てよ。

ということは写真クラブの人達と過ごすのは僕にとって凄くプラスになるのかもしれない。


そう思うと無性に嬉しさがこみ上げてきた。

好きな人達と好きなことをしてそれが症状の改善にも繋がっているなんて素晴らしい。


だけど、なんだこの胸のつかえは。


モヤモヤの原因も分からないまま自宅へと着く。

ガチャ、鍵が閉まっているみたいだ。

5時過ぎだから、どっか買い物でも行っているのだろう、玄関の前で待つか。


ふと、モヤモヤの原因かもしれない昔よくみた夢のことを思い出した。

その夢は、朝起きる所から始まる。

リビングに行くと真っ暗で、大声で両親を呼ぶが、返事はない。

電話をかけても、繋がらない。

仕方なく30分、1時間と玄関で毛布を被り帰りを待つ。

それでも誰も帰ってこない。

そして僕は何となく感じ取る、僕は家族に捨てられてしまったんだ。

僕だけを除いた3人でどっか遠くへ行ってしまったんだ。


心臓にポッカリと空洞ができる。

その空洞に手を入れてみるとブラックホールのように僕の全てを飲み込んでいく。


そこで大抵起きるのだが、目が覚めて確認すると心臓に空洞はないし家族もちゃんといる。

ひとまず安心するが、なんだか今度は、体では無く心のなにかが欠落したような嫌な気分になる。


その夢を小さい頃から度々見ているうちに、現実でも少し家族が側に居なくなっただけで、捨てられたのではないかと不安を覚える。


最近ではそんな夢は無くなったので、今に思えば馬鹿らしく思える。


けど、その頃の名残なのか、家に誰かがいないと無性に心がザワザワする。

心を落ち着けるために、目を閉じて「ふーっ」と深呼吸をする。

落ち着いたところで目を開けると母が突然、視界に入ってきた。


両手にエコバッグを持って、相当重たそうだ。

僅かばかりの距離だが、荷物を代わりに持つ事にした。


「あら、ありがとう。スーパーあずさに行っていたらセールがあったの。安かったけど、すごい行列だったのよ」


「清水さんもタイムセールが何とかって言ってたっけ。それで、今日のご飯は何にしたの?」


「お肉が安かったから、しゃぶしゃぶにした。それはそうと、空太いい加減に家の鍵ぐらい持ったらどうなの」


「嫌だよ。鍵なんか持ってたら、盗まれないか警戒して、ずっとカバンばっか見ちゃうじゃん。そんなの疲れちゃうよ」


「そうなの。まぁいいわ。欲しくなったらいつでも言って。合鍵作るから」


家に入り、荷物をキッチンの邪魔にならない場所に置く。

母は早速料理の準備を始めるが、僕は今は特に手伝えることがないので、自室で時間が来るのを待つ。



カチッ、ボボボボ。

カセットコンロに火がついた。

しゃぶしゃぶの準備も出来たところで、父が電話での予告通りの時間に帰ってきた。


「おかえりなさい」


「ただいま。おっ!今日はしゃぶしゃぶなのか。美味しそうだな。着替えたら早速頂こうかな」


「お父さん...ちょっと話があるの」


「どうした。言ってみな」


「あのね、写真クラブで鎌倉に旅行に行く事になったんだ。東さんって人が車、出してくれるんだって」


「行きたいのか?」


「うん。最初は断ろうと思ったんだけど。みんなと、どうしても行きたいんだ」


お父さんは、腕を組み難しい顔をしている。

やっぱりダメかな、せっかく誘ってくれたのにみんなに合わせる顔がない。


「わかった。行ってこい」


「ほんと?やった」


すると、お母さんが慌てて駆け寄ってきた。


「えっ、あなた。簡単に許可なんで出して、もし体調悪くなったら、どうするの?」


「母さん。空太がこの何年かで、初めて自分の意思で遠出したいって言ってるんだぞ。行かせてやりたいじゃないか。それに、もし何かあったら俺が迎えに行く」


「迎えに行くって仕事があるでしょ」


「終わってから迎えに行く。どうしても待てなそうなら早引きしてでも行く」


「あなた、早引きなんか出来るの?」


お父さんは「うーん」と唸る。


「そうだな...早引きは無理か。空太、もし体調が悪くなったらどんなに遅くなっても迎えに行くから直ぐに電話してこい。それまで待ってられるか?」


「うん...大丈夫、待ってる。お父さん、ありがとう」


「しょうがないわね。空太、せっかくの機会なんだから楽しんで来なさい」


「ありがとう、お母さん」


「体調悪くならないかもしれないしな。ハッハッハ。さぁ冷めないうちに食べよう」


父はそう僕に笑いかける。


僕は、今できる最大限の笑顔を返す。

少しでも、この溢れんばかりの感謝が伝わるように。

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